肚の底を打って、余韻から余韻に終わるような雷の響きに耳を傾けていると、それに重なるように、激しい気合と竹刀の音が聞こえてきた。
「始まり申したー」
柴田は眼を細めて笑った。青年と少年の声が、手に取るように聞こえてくる。
「武門の指南ではー」
軍治が笑った。
「いやいや、武門殿の太刀先は、近頃本物になってきたようだ」
「ただ好きで打つだけで、工夫と趣きが足りもうさぬ」
「今のところそれでいいと思われる。工夫はもっと後のことー」
あたりが暗くなって、柴田の動かしている白扇が、妙に白々と眼に沁みた。
「しかし、もう子供ではなしー」
「いや、きついご批判じゃ」
柴田は、何時にない軍治の厳つい顔を見つめた。
(気分が悪くなってきたのではないか?病後のことだし、苛立っているのかも知れぬ)
しかし、柴田とても、軍治の気持ちが解らぬことはなかっただけに、武門の単純さを一概に子供っぽいと片付けられるのは不服であった。彼は子供が好きだし、子供もなついた。それゆえに<子供ではない>とは言い切れないのである。それは軍治との性格の差であるに過ぎぬのではないか?
「軍治の言うのは、軍事の要求ではないか、と思えるがー?」
昌樹が、長兄らしい口振りで言った。
「と、言われますと?」
「武道なら武道、学問なら学問に挺身する。その気持ちを欲しているのではないか?」
すると
「解り申した。ご惣領たちに比べたら、ものの数ではござるまいが、しかし、傍目八目と申そうか、一般的にみたら、武門殿は寧ろご立派ではないかとわしには思われるがーー」
柴田である。
「才能よりも、求道心が足り申さぬ。何をさせても一応はやる。それが却っていけないのではないか?」
「あれは、亡父にも愛され、亡母にも愛され、生まれてから叱言というものを知らぬのでー」
昌樹がしみじみと述懐した。
「わしもそれが言いたかったのだ。明るく伸び伸びと育ってこられた、いわば性格的なものでー」
と柴田が続けるのを打ち消すように、
「叱言を言おうと思うのですが、すぐに亡父や亡母の舐るような愛し方が思い出されて、私は、つい黙ってしまうのです」
軍治も、とうとう笑って投げだした。
さだが、下男に手伝わせて、洗濯物を取り込んでいた。
大粒の雨滴が乾いた庭土をたたき始めた。続く
石井計紀著 黎明以前より転載

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