さだは蒼白な顔を軍治に向けた。その目には涙が溢れていた。
「お気の毒で――」
と、満田は頭を下げた。
「何ゆえの殺害で?」
さだが、やっとたずねた
「死人に口なしでござる。事情は武門殿のみご承知でござろう。武門殿府内に隠れいるやも知れず、もしお見付けの時は即刻お申し出願いたい」
言い方は丁寧だが、その背後には厳とした法の力があって、軍治たちの身に堪えた。
軍治は、満田と水野を送り出すと、座敷に戻り、腕を組んでいた。まだ実感が湧かぬらしく、時々ぼんやり虫の音のする暗い庭先に眼をやっていたが、それでも、おろろしているさだを窘めるだけの気力はあった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
昨十一日夜、暮六つ過、村瀬武門儀飯田新町名主五兵衛と申者の忰新三郎と申者を切殺し立退候。早速兄村瀬軍治へも尋申付置候。右武門府内に隠れ折候儀も可有之候。
若し存じ候者有之候はば早速申出候。尤隠し置候もの有之候而後日相知候はば、可為曲事者候也
寛延三庚午年八月十二日
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
翌日、上記のような触れ書きが府内の町年寄りに渡された。この日、早朝から軍治も昌樹も、甲府勤番支配所へ呼び出され、町方加勤の与力・満田佐十郎、水野伝六の立会いで吟味されたが、二人とも寝耳に水の出来事で堪える術もなかった。
軍治は、
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
村瀬軍治儀弟部門尋之儀三十日限人申付六ヶ月に至尋出ず候はば、申上ぐ可き旨仰下
され段段日切りを以って厳敷尋ね申付候。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
というしはいしょからの申付け書を受けて、引き下がった。
隣家の柴田正武は、軍治らの帰宅を待ちかねていた。
「いったい、どうしたことでござろう?」
昨夜から幾度か繰り返した言葉が、また柴田の口をすべった。しかし、結局彼にしても、軍治らにしても、それがすべてであった。 続く
石井計紀著 黎明以前より転載

0