フェルメールは日本で最も人気の高い画家のひとり。
だが初期の習作時期と、
風俗画にすぐれた手腕を発揮した後期とでは、画風が大きく異なる。

「マルタとマリアの家のキリスト」
そこに目をつけ、ダークサイドに堕ちた画家がいた。
フェルメールの贋作を描いたファン・メーヘレンは有名だが、
NHK BS「ダークサイドミステリー」という番組で、
詳しく(ざっくりと?)、
メーヘレンの贋作者としての生涯を紹介していた。
NHK BSプレミアム 4/2(木)
「ダークサイドミステリー
ナチスをだました男 20世紀最大の贋作事件」
というタイトルで放送されていた。
絵画贋作に関しては、かなり関心があった。
贋作に関する本を読み漁った経験もある。
なぜ、人は贋作に手を付けるのだろうか。
その闇に興味があったからだが。。

「ブルータス」1996年8,9合併号
+++++
ハン・ファン・メーヘレンは、始め、もちろん普通の画家として、
基礎になる古典絵画の勉強をしていたらしかった。
だが、新しい絵画運動の波
(当時の流行、ピカソや セザンヌ、キュビズムなどモダニズム絵画)
に圧され、彼の絵は古くさい流行おくれと見なされ、
絵では食べてゆけなくなる。
そこで修復の仕事に転換したという。
フランス・ハルスの傷んだ絵の修復を頼まれ、
自分なりの筆を加えた。
それに値がついて、思いがけず高く売れた。
しかし当時の批評家(アブラハム・ブレディウス)に
ハルスの真作ではなく、
アルコール検査で新しい筆が入っていることを見破られる。
メーヘレンは、番組によると、
このことで、美術批評家ブレディスを恨み、復讐を考えるようになる。
批評家の目を欺き、自身の描いた贋作作品を、
(17世紀当時の)真作だと認めさせようと企むことに
全精力を傾けることにしたということだ。
そして、選んだ画家がフェルメールであった。
番組ではそのように描いていたが、
メーヘレンが復讐(?)を考えたのは、
自分が画家として世間に認められなかった、
社会が自分の絵を受け入れなかった、
その不服、不満、或いは昏い怒りのせいではなかっただろうか、
と思うのだが。
ファン・メーヘレンの贋作の絵を見ると、かなり稚拙というか、
今の目で見ると、何処かに邪悪さが感じられるような気がする。
死相が現れているというか、
まるで骸骨のような人物たちが、蠢いているような、
そんな不吉な邪悪さが画面に漂っているように思えるのだ。
しかし、当時の批評家ブレディスは、
メーヘレンの描いた「エマオのキリスト」を見せられた時、
フェルメールの真作だと認めてしまった。
とてもフェルメールの絵のような、
明るい静謐さとは似ても似つかぬ絵のように思えるのだが。。
それでもブレディスは最大の賛辞で、
フェルメールの真作が新たに発見されたと歓喜したという。
(ブレディスに認めさせるように描いたからだが)
メーヘレンは、17世紀の古いキャンバスを探して来て使い、
古い絵の具やニス、ひび割れが入るような技術を使い、
17世紀に描かれたものに見せかけたという。
テレビ放送では出て来なかったが、
始め、メーヘレンは普通のフェルメールの模倣作も描いていたのだ。

「楽譜を読む女」
(フェルメールそっくりで区別がつかない)

「シターンを弾く女」
それが相手にされなくて、画題を聖書に求めた。
稚拙な贋作が、熱狂的に支持されたのは、
フェルメールの「空白の時代」を埋める題材に着手したからだった。
フェルメールの初期作は、
バロックの影響が見られる聖書の絵だったが、
そこからある時、突然、風俗画に専念し始める。
その間、空白の時期があった。
それをメーヘレンは利用した。
単なる模作ではなく、キリスト絵画から風俗画へと
移行する間を埋める作品を想像して、
フェルメールならこう描くのではないかというふうな作品を
作り上げた。
それこそ、当時の批評家が、フェルメールには、
空白の時代を埋めるはずの絵がまだどこかにあるはずだと
探していたものだった。
メーヘレンは批評家がまさに求める作品を、
贋作という形で創作した。
批評家が騙されたのには、そういう理由があった。
たとえ、それが出来の悪い粗悪なものでも、
それを認めたいと思う背景があった。
フェルメールはバロック時代、
特にカラヴァッジョの影響を受けているのではないかと
思われていたという。

カラヴァッジョ「エマオの巡礼」
その批評家の推理に合致する形で、
メーヘレンが描いたのが「エマオのキリスト」であった。
今、見ると薄気味悪いとしか思えない絵だが、
カラヴァッジョの「エマオの巡礼」の影響を受けたような、
巧みな構図、アトリビューション、
それらが批評家の求めていたものそのものだったので、
彼らはすっかり騙されたのだという。
・・・・・・・・
それから似たような贋作を描き(キリストや最後の晩餐など)、
それらも億単位の値がつき、
飛ぶように売れ、メーヘレンには大金が入ったという。
それらは質の悪い醜悪な作品だったが、
誰一人、贋作だと思う者はいなかったという。
第二次大戦でオランダがナチス・ドイツに占領された時、
占領地から、大量に美術品を略奪していたナチスは、
オランダの至宝、フェルメールにも目をつけた。
ヒトラーの片腕であった、
空軍相のヘルマン・ゲーリングがメーヘレン作、
フェルメール(?)の「キリストと姦婦」を
買い上げるまでになった。
戦後、ナチス・ドイツにオランダの「至宝」を売ったとして、
ナチスの協力者として、ファン・メーヘレンは当局に逮捕される。
追い詰められたメーヘレンは、ついに真相を暴露する。
あの絵はフェルメール作品ではなく、
自分が描いた贋作である、と。
すでに「エマオのキリスト」などは一流美術館に買い上げられ、
傑作として評価が定着していて、
即座には信じてもらえなかったという。
ファン・メーヘレンは法廷で、衆目の中で、
証拠として、「12歳のキリスト」を描き始める。
それは良い出来ではなかったが、
一連の作品に登場する人物と同じ特徴が描き進むうちに現われ、
メーヘレンの(贋作者だという)主張は認められる。
(贋作をしたとして)1年間の服役を言い渡されるが、
今度は、ナチスをだまし、手玉に取った男、として称賛され、
英雄とまで呼ばれるようになったという。
が、メーヘレンの命は1年間を待たず、
獄中で心臓発作のため亡くなったという。
***************
これが「ナチスをだました男」の顛末だ。
NHKの番組では、早死にしたのは、
生前アルコールとモルヒネに溺れていたからと説明されていた。
贋作によって大金を得ていた頃から、モルヒネを常用していたと。
暗い情念によって贋作を続けることの心の闇が、
そうさせたのだろうか。
大金を得ても、心の闇はけっして晴らせなかったのだろう。
その闇が、あれらフェルメールの贋作作品に色濃く
現れているような気がする。
死臭のするような醜悪な人物たちのキャラクター造形に。
……。
番組の最後に、フェルメールの絵と、メーヘレンの絵を
並べて見て下さいと、ナレーションが入る。
比較するまでもない、
絵にすべてが現れていた。…
ハン・ファン・メーヘレンによるフェルメール贋作作品─

「エマオのキリスト」

「キリスト」

「イサクの祝福」

「足を洗うマリア」

「最後の晩餐」

ゲーリングが買い上げたという
「キリストと姦婦」

法廷で描いた
「12歳のキリスト」
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一流美術館に、至宝として、自分の作品が飾られる。
だが自分の名前で、出ているわけではない。
批評家への、復讐心を満たす暗い喜びを
ひとときは感じていたかもしれないが、
たとえ大金を得ても、自己表現をする者としては、
深いジレンマがあったのではないか。
モルヒネに溺れたこともそのためだろう。
表現者として、満たされることはなかったのだ。
その葛藤が、フェルメール贋作作品の登場人物の、
昏い表情に現われているような気がしてならない…。
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