2019/10/6

「ワンスアポンアタイムインウエスト」1968伊米  今日の映画

 今回は西部劇のリバイバル上映。名匠セルジオ・レオ―ネ監督だし、何より映画館で西部劇を見る機会はそうそうないかもしれないという事で鑑賞。2時間半越えの超大作だという事と、悪役があのヘンリー・フォンダだという事で気合を入れなおして映画館に向かったけど、古さを感じさせないのではなく、過去の時代の良さを体感できたような感覚だった。

 開拓時代後期の西部。鉄道の駅で3人のならず者が一人の男を待っていた。やがてハーモニカを片手にやってくる男。その時銃声が鳴り響き、3人のならず者は倒れた…。

 そして、南部から一人の女ジルが花嫁としてやってくる。しかし、彼女が家に着いたときに見たのは結婚相手マリガンとその家族が皆殺しにされた葬式だった。それでもジルは未亡人としてその家にとどまることを選ぶ。

 なぜ、マリガンが殺されたのか。その土地の持つ本当の価値が分かった時に欲望にかられた男たちが集まってくる。そしてハーモニカを吹きながら現れた男がジルと出会う時、戦いの火ぶたが切って落とされる。



 この映画、アメリカ公開時にはかなりカットされたらしいけどさもありなんという感じで、とにかくあらゆるシーンの間が長い。冒頭の銃撃シーンとかは、男を待つ3人のならず者のアップが延々と続くんだよね。顔にハエが留まってそれを手を使わずに追い払おうとする姿を長回しで撮ったりと「あれ、自分が一体何を見ているんだろう」と考えてしまう事もある。ただ、この引き延ばされた時間は弛緩ではなくて確かに緊張を高めるんだよね。

 そして、いかにもマカロニウェスタンらしいドアップの連続。チャールズ・ブロンソンのアップを見れただけで映画代の元は取れるという物。ただ、今の時代にこんな贅沢な時間の取り方は許されないだろうな。マーベルみたいなジェットコースタームービーとは時間の考え方が全然違うのである。
 しかし、こんなシーンが許されるのはブロンソンとヘンリー・フォンダの顔力による物だろう。特にヘンリー・フォンダは立派な人の役でしか見た事が無かったので結構衝撃だった。サイコパスではなく、クレイジーな感じもなくただただ悪いというのは実は難しい事だと思う。

 今回は撃ち合いの距離がものすごく短く、それこそ時代劇ぐらいの間合いで銃を振りまわしていたような気がする。これをリアルでないというのは簡単だけど、この距離が緊張感を演出しているんだよね。相手の銃と自分の間には何もない、この極限の状況で銃声が鳴るのを待っている、この時間こそがこの映画の最も素晴らしい時間なのだろう。

 ヒッチコックの「恐ろしいのは銃声ではなく、銃声の予感である」という言葉を思い出すようなすごく長い、でも緊張感のある時間だった。最近は銃はおろかロボットやミサイルが飛び交う映画が多かったので、逆に贅沢な時間を使ったなという感じがする。そういえば、映画好きの母が世界最高の美女の一人に挙げていたクラウディア・カルディナーレをスクリーンで見たことも収穫だったな。
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タグ: 映画



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