2019/12/9

「風博士」シスカンパニー  今日の演劇

 今週は映画には行かずに世田谷パブリックシアターで観劇。もともとラジオのオフ会仲間のばちょふさんがチケット余ったという事で希望者を募っていたのがきっかけなんだけど、この話を聞いた時から「坂口安吾でなんで風博士?」という疑問が頭を離れなかった。坂口安吾にはハマっていた時期があり、歴史ものや随筆も含め代表作はあらかた読んだはずだが、風博士はダントツでおかしな話であり、それにインスパイアされるというのは意味わからん。こうなってしまうと実際に確認するしかない。

 戦争下、大陸でP屋の主人として生きる「風博士」ことフーさん。その元にはしたたかな梅花姐さんや気風がイイがフーさんに首ったけな鴬など遊女が働いていた。
 ある日、友人の広瀬大尉が一人の女を連れてくる。目の前で家族を殺され「白痴」となったサチ子である。彼女たちを連れ、敗色濃厚な大陸でフーさんはいかに生き延びるのか…。



 観終わった後すぐに感じたのはキャストのすばらしさである。主人公の中井貴一のひょうひょうとした所も良かったし、渡辺えりの迫力ある歌声や林遣都の初々しさ、松澤一之の憎々しさなど強烈に印象に残った。そして、なんと言っても吉田羊のハンサムさ。ここまでカッコいい女性は若村麻由美の舞台を見て以来かしら。

 ストーリーを振り返ると、思った以上に坂口安吾だった。フーさんは原作の風博士の様な茫洋な人物というよりは不連続殺人事件の巨勢博士の様な洞察力を持った人物として、いや、はっきり坂口安吾本人として描かれている。つまり、この物語は戦争の暗部である慰安所を舞台に、坂口安吾の目を通して戦争を切り取る物語だろう。しかし、「白痴」であり、あられもなくスガシマの愛を求めるサチ子を見る目は伊沢と比べると優しいし、戦争という現実においても商売をやめない梅花の堕落、そしてしたたかさを好ましいものとして描いているのである。
 そして、フーさんを坂口安吾と見立てるなら鴬は矢田津世子か梶三千代か。たぶんどちらの面も備えた女性なのだろう。将校相手に銃を構えて泰然としている才や度胸は矢田津世子、しかしこの2人の結びつきは青鬼のふんどしを洗う女、いや梶三千代に近いものだろう。

 こうしてつらつらと感想を書いていると、この話はいわば慰安所というこの世の地獄のような場所で、人間であるがゆえに苦しみ、堕落し、諦観をもって生きる坂口安吾の登場人物たちに、生や死、虚構や現実を超えて一瞬のハッピーエンドを与え、風の様に消える物語なのだろう。あるいは一瞬の慰めにも見えるが、最後はあくまで優しい。だからこそ、この劇は「白痴」ではなく「堕落論」でもなく、ファルスである「風博士」として作られたのかな。

 同行したばちょふさんはもう一度見るそうなので、いつか答え合わせをしなければならないかな。
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