心の脱衣室

　古びた湯宿三面鏡　湯上りうなじのおくれ毛を

　指先からめて持ち上げる　手鏡決まらぬじれったさ

　分け有りカップルラブホテル　ベッド見上げる天井に

　映る二人の肌色は　危うい炎の紅が差す

　間欠ワイパ−降り始め　社内マドンナ口説き落つ

　淑女の化粧が剥げ落ちて　ル−ムミラ−で厚化粧

　お色直しで姿見の　鮮やかドレスに不似合いな

　これから主人と呼ぶお方　芽吹いた後悔裾に見ゆ

　ショ−ウィンド−を覗き込む　素敵な小物がござるのか

　衣服整え髪触り　目に映るのは自分のみ

　喫煙ル−ムにトイレット　電車の座席もコンパクト

　手の平鏡に何を見る　見られる意識は隅に置き

　縦と横とで２の次元　奥行き感ぜぬ写真絵図

　しかるに鏡の平面に　瞳孔動きて奥を見る

　合わせ鏡の無限性　垣間見れずのじれったさ

　鏡が鏡を映す時　宇宙の真理も見ゆるのか

　浅草隅田の川行けば　一点栄えたる立ち姿

　黄金鏡に華奢な塔　目眩て倒れぬ事願い

　

　買い物客混む百貨店　いきなり襲うは大地震

　天井落ちて柱割れ　コンクリ−トの雨が降る

　戸惑う家族は黒い肌　咄嗟に出て来ぬ外国語

　頭かばって指をさし　出口方向尻を押す

　ガレキもぐって這い出せば　見知ったビルへヨタヨタと

　３階上り大広間　怯えた目をした人に告ぐ

　今すぐ上野に逃げなされ　間に合わなければ高きビル

　川に面したこのビルは　命を守る事は無し

　割れ窓辺りを見渡せば　都市の川沿う首都高と

　煙突見ゆるは高き塔　これより攻め来る地獄絵図

　川の下手に水の壁　空前絶後のポロロッカ

　建物呑み込み橋を消し　巨大津波の龍が来る

　霊的ビジョンで見た未来　当時の年端は二十歳前

　与えられし死に場所を　確かめ参じた八起ビル

　浅草松屋のデパ−トを　出れば隅田にそれが在り

　開放された３階は　法を学びの人集う

　窓を開ければ隅田川　首都高そこに長く伸び

　アサヒビ−ルの煙突も　我れ見たビジョンを裏付けり

　浅草住まいて30年　松屋は耐震工事中

　工場煙突無くなるが　不穏な武蔵の塔が建つ

　東日本の大津波　リアルさ増した直下型

　共逝く多くの魂が　迷わぬ様にと道案内

　それが我れ受く使命なら　心浄化し時を待つ

　高橋信次の説きた道　八起ビルを川より見上ぐる

　

　蒼い青年２１　ハンドル握りて浅草へ

　車はスポ−ツカ−なれど　ステレオ流れる師の講話

　部屋を探して不動産　この地は観光土地なれば

　人住むお部屋は１５万　車置くのも５万なり

　とぼとぼ下る川づたい　離れたく無き師のビルと

　振り向きたるは厩橋　木造家屋の問屋街

　おもちゃ扱う江戸通り　駄菓子屋店先想い出し

　酒屋がお酒を売る時代　銭湯のれんを遊ぶ風

　古く地に在る仲介者　話し折り合い物件へ

　車放棄は仕方無し　メゾンの名の付く部屋を借る

　部屋を出れば隅田川　架かる鉄橋厩橋

　どうやら今年で再開の　隅田の花火が見ゆるなり

　さてさて次は職探し　橋の中央欄干に

　意味無く手を掛け点す火は　不安と思案で３本目

　あれから時も過ぎ去りて　蒼さが灰色なる域に

　下から見上げてくぐる橋　まだまだ佇む我れが居る

　木造家屋は消え失せて　鉄を柱のビルが建ち

　川べり茶色の建物の　裏手に当時の棲家在り

　話す言葉は下町の　江戸の人へと染まり行く

　第二のふるさと蔵前に　何を刻んで残せたか