2018/7/9  0:30 | 投稿者: pansy7

今朝の東京新聞の投稿欄・
あけくれを、何気に読んで・・
一気に40年以上前の記憶が、
ぶあーーっとこみ上げ、
涙が止まらなくなった。
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それは急激に身長が伸びた、
小学何年生の頃だったのか?
毎晩、膝が痛くて泣いていたから、
まだ低学年か、いや5,6年か?
成長痛という言葉は、大人になって知った。

ある時期、毎晩のように膝が痛くて眠れない。
「痛いよー」と二段ベッドの上から
居間でテレビを観ている両親に訴えると
母の「パパ、ほら・・」と言う声が聞こえ
間もなく父がふすまを静かに開ける。

そして私が寝入るまで、膝を揉んでくれるのだった。

2017/2/14  21:31 | 投稿者: nana

彼氏になんかあげなくても、
その人にだけは、
本命チョコよりも欠かさず、
義理チョコよりもルーテインで、
必ずチョコを贈っていたな。

いらないいらないと言いながらも、
必ず大事そうに、ちびちび酒のつまみに
食べてくれるのわかってたから、
離れて暮らしてからは、
必ず送っていたな。

会いたいな。



2016/11/3  23:42 | 投稿者: nana

月火水、ちょーっ忙しくて、
昨日も朝トースト、昼コロッケパン、
クリームパンみたいな食生活で、
夜にとんかつ定食をがつがつ食べたら、
胃腸が丈夫で、40過ぎて便秘も下痢も
ほとんどしたことなかったのに、
ひどい腹痛に2時間くらい苦しんだ。

小さい湯たんぽをお腹に当てて寝た。

それで今日は昼に起きて、
ぼーっとしてたら、関西に住む
大学時代の友人から電話がきた。
昔から天然の彼女の話が面白すぎて、
私は笑ってばかりだった。

そのあと共通の友人(札幌)に電話して、
切った時にはすっかり元気になっていた。

大学は英文科が2クラスで、
出席番号がABC順だった。
たまたま名字が、M、N、Oで近かったのが
きっかけで仲良くなったのだ。

19,20歳って、自分のことしか考えてない
んだけど、やたらと毎日事件があるような、
怒ったり笑ったり、何だか楽しい思い出ばかりだ。

そしてつくづく感じるのは、
19の時も52の今も、その人の人間性の本質は
全く変わっていないということ。

もっと言えば、10歳でほぼ固まり、
その後10年してきた勉強なり運動で、
表面が肉付けされ、成人してからの経験
(似たり寄ったりの経験でも)を、
それぞれの持って生まれた性質によって、
どう生かしていくのかで、個性が生まれ、
人間に厚みが出たり、いくつになっても
ちゃらかったり、差が出るのではないのかな?

2016/7/30  23:22 | 投稿者: nana

今、読んでいるのは
『古い洋画と新しい邦画と』小林信彦

古い洋画・・で思い出した。
私の初・映画館体験は、多分フランス映画で
題名が「小さい天使」のような?
戦争時代の子どもが主人公で
美しいヨーロッパの風景と、初めて観た
大きなスクリーンの印象と相まって・・
私は多分、5歳前後ではなかったか?
連れて行ってくれたのは、札幌の叔母。

今日は朝9時に起きたら、すでに猛暑で
お散歩は、夜のみ。
20時前に出かけると、浦安の花火大会で、
花火が見える川沿いの堤防に腰かけると、
後ろではスカイツリーの横に遠く
隅田川の花火が見えた。

スカイツリーも、青と白で綺麗にライトアップ。
花火はいいよねぇ(^^♪
花火大会は思い出あるなぁ。

持っている浴衣2枚は、ららぽーとの着物屋さんで
買ったもの。
船橋の花火大会の日は、無印のお店でも
スタッフはmujiの甚平か、自前の浴衣で
勤務していた。
私もスタッフに着付けしてもらい、
浴衣で仕事したっけな。
30代後半か!




2016/3/20  22:39 | 投稿者: nana

卒業式に唄った卒業ソング・・
中学、高校は何を唄ったか思い出せないけれど、
小学校はよーく憶えている。

今日の日はさようなら

教室に戻ってきて、担任の先生も
男子も女子も、鼻水をたらして泣いたっけ。
先生が
「5年いや10年に1回あるかの、素晴らしいクラスだった」
と話してくれた、あの光景。

小樽から札幌に引っ越しが決まっていた私は、
一人別の中学へ行き、卒業以来
40年近い日々を、みんなと会わずじまい。

いつまでも絶えることなく友達でいよう
明日の日を夢見て希望の道を
空を飛ぶ鳥のように自由に生きる
今日の日はさようなら
また逢う日まで





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