2021/2/14 | 投稿者: sendaikoffeeco

昨夜はおどろきました。

お店は、ものが数点倒れていた程度で、おおきな破損はなくてすみました。
前回もでしたが、この場所は守られているような気がしています。

すこし不安な本日ですが、通常オープンしております☕


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2021/2/4 | 投稿者: sendaikoffeeco

本日4木は、貸切のため、通常営業は終日クローズとさせていただきました。
ご迷惑をおかけいたしますが、了承いたたまけますようお願い申し上げます。

あすからまた🍰☕

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2021/1/25 | 投稿者: sendaikoffeeco

開業以来、店にまつわること、地域やごく周辺のことにテーマを限って、SNSはじめネットで発信してきたのだけれど、
この一年は、ふだんの世間話でもやらない政治的な話にふれることが、何度かあった。

こういうのってキケンだよな、とわかりつつ。

でも、それへも理由があって、
この最悪の武漢肺炎や、先般のアメリカ大統領選って、じつは繋がっているとおもうし、日本にとっても、戦後もっとも大きく、世界的な出来事のひとつだと捉えていたからなんです。

そのうえで、客観的視点とともに、じぶんの生活へのあり方として、書いていました。
自身への記録としても。


実際は、ずっと複雑だけれど、あえて言えば、
「トランプ 対 反トランプ」って
世界の縮図だったのだとおもいます。

トランプのような志をもった国益主義者が
アメリカの大統領まで登り詰めること自体、
100年に数度ほどの奇跡みたいなもので、
歴史を紐とけば、ほとんどの場合、芽すらでる前に即潰されつづけてきた、と。

仮に頂点へ立てたとしたって
真っ当な業績や、
哲学を持った大統領らがこれまで、暗殺やそれに近いかたちで葬られた過去をみたら明らか。

不正によってトランプが負けたことは、
知性と良識をもったアメリカ国民なら皆わかっているはず。 
証拠が山ほどあったって、司法が裁かないのではどうしようもない。

選挙の実質は、トランプへ有権者の圧倒的な支持があった。これは変え難い事実。

そしてそれっては、アメリカ国民の過半が、
国や世界の何がおかしくて、だれが必要なのかも気づいていた、という裏返しなのだとおもいます。

最後は、それが大きな救いだったのだろうな。

この勝負は、
この瞬間や、いっときの勝敗でなく、
このあとも、どこまでもつづくものなのだろうな、とおもいました。



トランプには、身を引いた今も、まだ考えがあるとおもうけど、彼頼みにならないことも肝要なのだろうな。

そして、
諦めたときこそ、ほんとうの負けになるのだろうな、とおもいました。

最後の部分が、ぼくが今回から受け取ったメッセージ。
ほとんどジンセーに重ねた自戒。

ということです。



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2021/1/23 | 投稿者: sendaikoffeeco

鬼滅の刃。

あの映画が、これまでのビジネスモデルを古いものにした、という点が興味深かった。

その本質は、きちんと「作り手」に利益が還元されるケースをつくった、ってことだ。

通常の映画というと、
広告代理店の仕切りで、「製作委員会」というのができて、放送局や出版社、各種スポンサーなんかがたくさん入り込んでいて、その中間搾取が嵩む。

今回は、テレビというより、サブスクから火がついての映画化。
製作委員会もなく、シンプルに、「集英社」と、「アニメーション会社」と、「制作」の三者のみでつくられたものだったという。

この差は大きい。

資金や宣伝攻勢といった支援もとうぜん大事だろう。

だけど、大手局やメディアの、一方向的な発信から成功したヒットでなく、
草の根レベルから評価されて、メイカーサイドが、その恩恵を受けた、ということに価値があったのだとおもう。

モノを右から左へうごかして、その利鞘で儲ける商業が、今日最大級の幅をきかせている。

だけれど、きちんとなにかをつくりあげて、そうしたひとたちが、きちんと報われる、というカタチが、本来あるべき姿のはず。

アニメ業界って、ほんとうに低賃金の劣悪環境で踏ん張ってるクリエーターたちがごまんといるところ、というから、
鬼滅型のあたらしいスタイルは、彼らへも救いの光になったんじゃないかな。

アニメはほとんど観ないクチだけれど、ストーリーもいいって聞くから、あとゆっくりたのしんでみたいな。

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2021/1/15 | 投稿者: sendaikoffeeco

バックパックひとつで北米を横断するような貧乏旅行を敢行したのが、90年代初頭。

オトコは、ひとり荒野を目指さなきゃならねえな、などど若さとバカさを丸出しに。
とかく単細胞的な理由をもって。

アラスカや北極のような、背後に広大な原野を持ち、日本や米国、欧州とも違った哲学を貫いていたカナダは、とても先進的にうつったし、ぼくみたいな単純な若者にとって、とてつもなく眩き、引力のある土地だった。

あのころの世の中は、駆け足全速前進みたいな感じが蔓延していたようにおもう。
ひとはもうすこし、ゆっくりしたいんじゃないのかな、という意識が、ココロの底のほうに、そっと芽生えはじめていたのも、その時分。

お酒とともに、味を覚えはじめたすこし苦いコーヒー。
仲間とのバカ騒ぎの対極で、ひとり気を鎮めるような時間を、求めはじめたりもしていた。

当時暮らしてた東京は、喫茶店の残党のようなものが主流で、"カフェ" なんてものは、ほとんどなかったようにおもう。

北米旅行が、その原体験だった。
フランス圏ケベック州。

洗いざらしのTシャツに、無造作な引っ詰め髪のスタッフらが、特段の気負いもなく給仕する。
世代性別問わずの客たちは、あたかも、そこが住処のように、寛いでいた。

空間もコーヒーも町に溶けいって、なにひとつ特別とはおもえなかった。でも、その全体がかもす雰囲気は、表層じゃ追えない、未知そのものだった。

あのカルチャーショックと記憶。

いつしか、それが自らの商いになるなんて、知る由もなかったけど、
ぼくのジンセーひとつひとつの岐路を遡ったところで出逢ってしまうskの源流。
そのひとつなのだろう。
 

あの地、あのとびらの向こう側にあった運命の不思議さ、をおもう。


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