2021/12/30 | 投稿者: sendaikoffeeco

20年から引き続き、半地下にいるような21年でした。

集客減は半分見極めて、
この先、どう役に立つかはわからない水面化でのトライ、そして思考実験に明け暮れた、都合2年。

なかなか形に反映されないことや、
自由な時間がうまくとれなくて、ストレスフルな日々であったことは、正直に白状しておきます。

仙台のマーケットも生活も変遷している。
これからも。

本来あるべき姿から遠ざかっているようにも感じます。

単純なきれいごととして前向きでいるには、歳を重ね過ぎた。
知れば知るほど無力感に苛まれる。
だけれど、不安定で、難しさのある世界をそのまま受け入れ、明日もできることを。
そう考えています。

中途半端な諦観をきどるのは絶対にしたくないので。


大晦日も夕方まで開けていますね。

本年もご愛顧に感謝。
来年も皆様のご多幸を陰ながら祈っています。

SENDAI KOFFEE





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2021/11/8 | 投稿者: sendaikoffeeco

7年で投資を回収して、その間生活できれば上々。
そんな目標が、独立当初にはあった。

保証人のアテもなく、すこし金利の高い融資を受け、店をつくった。

あのとき自身が背負うことのできたリスク、返済期間。
7年とはそういうことだった。

それが準備であり、
失わざる得ないかもしれないものに対する覚悟だった。

skもこの冬で満14年。

15年目に入る。
予定の倍を生きながらえたというわけだ。

とくに、この2年の修羅場。
よく持ちこたえてくれた。

ぼくはskの管理人みたいな存在。
所有者ではない。

所有者はここを訪れるひとびと。
管理人は、そのひとたちが快適に過ごせるように、店を整えているだけ。

この土地。
ここへ足を運んてくれるひとびとがskを導く。

それには抗えない。
そうおもう。

おのずとskはかたちを決められてきた。
これからも。

天地人。

あとは
天がなんというか
耳を澄ませなよ

ということだろう。

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2021/10/8 | 投稿者: sendaikoffeeco

東京での修行期間にひとつの区切りをつけたマッシュ。
"いよいよ宮城へ帰ります" との由。

20歳でskを卒業し、
西荻窪の人気パン屋で働きはじめた当初。
それは、作業中しゃがみこんだ瞬間、睡魔におそわれひっくり返った(笑)なんていう激務だったよう。
"指導のおじいちゃんといつもけんかしてます" と口をとがらせていたけれど、まあ孫みたいに可愛がられていたということだろう。

そんなふうにして、パン作りを覚え、
井草スロープで焙煎術を覚え、さらにマッキントッシュでのデザインワークまで覚える。

目標へむけて、点を線に結ぶように、思考し、実行する。これにはいつもアタマが下がった。

スロープ勤務もあと数日というところで、最後うまく焼けたからと、自身で焙煎したコーヒー豆を送ってよこした。

ローストは、とてもむずかしい作業なのだ、と腐心をもらしていたマッシュ。
淹れてみると、ほんとうにおいしく、ここでも感じたあいつの成長は、ナミダがでるほど嬉しかった。

蓄積と成長の第一章。

そしてまもなく幕のあがろうとしている
マッシュ飛躍の第二章もたのしみにしている。

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2021/9/28 | 投稿者: sendaikoffeeco

秋晴れ。
店から徒歩すぐの西公園へ。

"ぼくを覚えていますか?"

あるオトコから連絡があった。
うーん、わからないなあ、、と冗談めかして返したけれど、忘れるわけはない。 

ひさしぶりに、俊介からの音信だった。

12〜13年前。
"弟子にしてくれ"
いきなり直訴してきた青年は、あとにも先にもあいつひとり。

SNSもまだない時分。

開業から長いことたって、大々的に雑誌にとりあげられ、はじめてskが世間へ露出された記事をみて
"ビカーン!とイナズマがはしりました。"

これだ!とおもったそうで、
その勢いそのまま、スーツに履歴書持参でとびこんできたのが、やつだった。

"おいおちつけちょっとまて
おれはそんなレベルを持ってないよ"
そう諭しても、まっすぐこちらを向いたまま引き下がろうとしない。

この俊介というオトコは、端から独立志願だった。

こちらこそ、学びはじめたばかり。
だけど昔の自身へすがたを重ねてしまったこともあって、
うちを通した経験で、なにかを感じとってもらえるだけでもいいのだろうか、と
"ホントたいしたことは教えられないけどさ"
そういって、skで一緒に働いてもらうことにした。

やつは、ほかで生計をたてながら、空いた時間をうちで過ごしていた。
帰京しなければならないやつの事情もあって、四季が一周するくらいの短い間ではあったけれど、
思えば、ジンセーたがいの黎明期に、たがいに不安を抱え、おなじ方向をみて仕事をした、師弟というより、同志のような間柄であった。

節目では近況を交わしていた。
困難なミチでも、俊介なりの裏付けが感じられるまでは、意思を貫く気でいるはず、そうおもっていた。そして、なにかあれば、かならず助けてやりたい、そうもおもっていた。

おおくは語らないけれど、この間、あいつだって縷縷苦労を積んできたはずだ。
やっと店を持てそうだ、来年にはスタートするつもりだ、と報告がきたときは、心底うれしかった。

skにこどもがうまれるような、そんな感じがした。

あれから仙台もずいぶんかわった。
この時世のこと、その後の影響も、根深いものになることも。

この先、うちも変わらずいられる保証はないだろうな、と予測や覚悟をかためつつ、
そうした意味では、skも、skのなかの季節がひとまわりしてしまったのかもしれないな、とそんなことを考えていた矢先。

これも重なるなにかかもしれない。

仙台をはなれるときに、田村さんからいただいた、"負けるな" と記された御守りは、あれからずっと財布にいれています。
やつからそんなことを言われた。

コロナ禍。2年弱にもなる試練。
ばからしくくたびれるやれやれな毎日に、
俊介越しから
ひとまわりも前の自分が発したコトバが、ケツをけとばしてくる。

還暦のsk。
あたらしいsk。

秋晴れは、たしか出発の季節だったはずだ。


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2021/8/14 | 投稿者: sendaikoffeeco

skライブの良さは?
と尋ねられれば、

バックステージパス のような
"特権を与えられたゲスト感"というか、"特別招待感"というか、そういうものだろうな、とおもう。

客席とステージの境界があいまいで、融合しているようなスタイル。
至近距離で、オーディエンスたちと会話しつつ、談笑しつつ進行する贅沢なコンサート。

うちは、そそくさとはける楽屋もないから(笑)、ファンは、その場に残ったアーティストへ、握手やサインをせがんだり、上気した感激を直接つたえたりもできる。

彼らの人となりまで、ダイレクトに感じられる。そんな、まさにステージと、バックステージを自由に満喫できるところが、
最大の魅力なのだろうとおもう。

音楽愛とともに、そうした、ひととひとの繋がりをたのしみに、皆が集まってくる。

それが長年、傍で定点観測しておもうことのひとつ。

skへ来てくれた多くアーティストへ。
たくさんのひとが、あなたたちを待っています。

辛抱がつづきますが、互いに負けず。
暑中見舞いとともに。クリックすると元のサイズで表示します
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