2020/9/27 | 投稿者: sendaikoffeeco

勾当台広場はじめ、定禅寺界隈でのイベント群が消えて久しい。

相変わらずの時世ではあるけれど、
通りがかるたびおもう。
それはそれで穏やかではあるな、と。

ベンチに腰掛けて本を読んだり、
気のおけない仲間とのおしゃべりや、
つかのまの休息。

数は多くないかもしれないけれど、三々五々、おもいおもいに過ごすひとたち。

そんな風景を眺めるにつけ、
まあこれはこれでよいのではないか、ともおもう。

語弊を恐れず言えば、
公共のスペースが、なにもひっきりなしに、営利のために稼働してなくたっていいのではないか、とおもうのだ。
なにも生み出していなくたって。

そうした時空は、街中至るところに溢れている。

広場や緑道は、文字通りそんな日々の緩衝帯でもある、そんな価値があったっていいような気がする。

超長期デフレでの厳しさが、公共の場をプラットフォーム的に利用する要因となっているのはわかるけど、

それぞれが持ち場を創造、維持し、輝いていけること。
ひとびとは、それぞれそういう場所へ、個々へ出向いてゆけること。

それが豊かさの本質だとおもうし、
そのための、すこし踏みこんだ意識と工夫が、すこしずつでいいから、なされていくのがいいのだろうな、などとおもうのだ。

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2020/8/29 | 投稿者: sendaikoffeeco

個人の主観です

理解されないのは
まあ仕方ないな
そう考えています
ひとそれぞれだから

日本
終わったかもしれないな
そう感じました

安倍首相

今おそらく国内で最も重荷を背負って生きてきたひとだったとおもう

完璧な人間などいない 

だけど
語弊を恐れず言えば
彼はあらゆることを
きちんと分かっていた政治家のひとりだったのではないか
そうおもっています


一国の長
あれだけの世界情勢の把握力 
戦略力 
権力を持ってしても尚
まともに梶をとれない

足を引っ張り続ける勢力
圧力

一介の人間が

周囲のほとんどを
敵にまわして
壮絶に奮闘して限界を迎えたのだろうな
そんな想像は難くないです

ぼくは
ごく一般的な国民です
とりわけ安倍さんを崇拝してるわけでもないし

だけど
フラットに世をみて
疑問を持って

どの選択肢がよりよいか
よりわるくないかって
すこし頭を使えば
そう感じざる得ない

そうはいいつつも

不勉強なひとの
雰囲気やイメージでの
決めつけは
正直こわい

ぼくは
自分含め
家族や仲間の生活が
穏やかに 
ささやかに
一定の保障をされる世があればいい

ワイドショーや新聞 雑誌
という言論学界の
見方を簡単に鵜呑みにして
楽に絡め取られているなら
すこし労を惜しまず情報を得て
学んだほうがいいとおもう

良識ある議員を見極める世論が
成就してほしいと
つくづく思う

次期総裁候補なんて
上がった名をきくだに
ぞっとします

最悪に近いかもしれない

ぼくもいい加減
半世紀生きた

そのうち
世に出た四半世紀以上が
馬鹿馬鹿しいほど
搾取され続けた
失われた時間

疲れ果てたけど 
少なくとも
こんな負の遺産
その後の世代へは
受け渡したくない

カフェアカウントから
こうした投稿なんて
させないでほしい

でもすべて済んでしまってから
格好つけて
総括なんて無意味だから


この怒りは記しておきますね

子供のままなら楽だったな
ともおもうけど
いまこそ大人でよかった

わかった上で
ここから育つ次世代への
責任を負うことが
大人の義務だとおもうから


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2020/8/12 | 投稿者: sendaikoffeeco

数年前。

お袋が亡くなったその日も、通常通り営業してたな。当夜ブッキングされていたライブイベントも素知らぬ顔してこなして。

親不孝だったかな。

すまんお袋。笑

いろいろたいへんな一日だったけど、家族や業者が対応してくれたおかげで、ことの他やることもなかったし、仕事に向き合っていたほうが、気が紛れてよかった。

あのころ、病床の母へ見舞いに訪れる度に、彼女はいつも、"わたしの心配なんていいから店へいけ "と追い返してきたものだった。

昭和の、気丈な女だったのだな、とおもう。

風邪ひとつしない体も彼女のおかげ。

自身の体調不良で仕事に穴開けたのは、遡っても7〜8年前に一度くらいかな。

今回はさすがに無理がきかなかった。

疲れのバロメーターのひとつが腰で、そこに違和感あるときは、自分でおもってるよりダメージ負ってる。
そこに察知して、回避できれば、状態は保てる。

重なるときは重なるもの。
そんな予兆をごまかしつつ、連日避けられないマストを無理くりこなして、ある日帰宅。
朝起きてみたら、全く立てない状態。笑

ホント笑えるくらい動けなかった。

それで臨時休業いただきました。
すみません。

そんな折、愛するヒックスの真城パイセンが、
"いまわたしのまわりにそういうひと増えてるよ。それは過度のストレスだよ"
そして抑制し過ぎていると感じていたらしいおれに、"SNSにだって本音をいろいろ表現したっていいんだよ" と懐深く諭してくださいました。

日々のストレスは仕方ない。
仕事のストレスは仕事で返すよりない。
だけど、今回の問題は、解決できるのが、自身でないこと。

好きだった店も次々閉鎖に追い込まれていく。平時、特段問題あったわけでもなしに。

事業を手掛けて学んだサバイブする手触わりは、".現在"と、"近い未来" の感触が担保されているな、と感じられること。

いまは、あまりにそれが見通せなさすぎる。
しかも、その理由があまりにも理不尽すぎる。

理不尽もあまりに度が過ぎると、闘う気力も失せる。
ありていに言えば、馬鹿らしくなる。

総体的には諦めていないけれど
というか今だからこそ絶対に諦める気はないけれど。

こんな体調は神のお告げ。
しばし気力のギアも、ニュートラルにいれときましょう。

休んでしまいましょう。笑

"この歌を いつまで歌えばいいのだろう"

思春期から絶大な影響を及ぼしてくれたボノは "40" 通して、そう訴え続けていた。

まあ立場も情勢も違うけど。

"おれはどうしたらいい"

亡きお袋に相談したら
どんなアドバイスをくれるのだろう。 

いまはそんな境地のひとへの
しずかな問答もいいのだろうかな。



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2020/8/3 | 投稿者: sendaikoffeeco

4ヶ月。一年の3分の1。
季節ひとつがおわってはじまる。

それだけの期間、全力で生きるに関わらず、真っ当でない理由が、足をひっぱってくる苦しさ。

疫病で死ぬことは、まあそれは運かな、と思う一方で、過度なストレスで気力を失うことのほうが、振り向くすぐ背中にリアルに張り付いていて恐ろしい。

まあ、こればはかりは当事者でなけれりゃ想像もつかないだろう。そう諦観しているけど。

娯楽、サービス、接客業への打撃。
311直後は、これら業種が、さまざまな失業者たちの受け皿になって、経済を救っていった。

今は、反対に我々側が壊滅的。

政府対策も、売り上げの3割減が何ヶ月続いたらどうとか、5割減がどうとか言ってるけど、このひとたち、経営や人間の生活をわかってるのかな、とおもう。
(わかった上での見殺しだとしか受け取れないけど。)

残った3割や4割からの益で、税金保険支払って我々は生活しているわけだから。

軽くみないでほしい。それは完璧な倒産状態。もうまともな話にならない。

心が折れたって砕けたって、前へ進むよりない。
できれば、前向きに倒れて死のう。
大袈裟じゃなく、そんな一進一退の毎日。
疲れ果てた身体。カラ元気だけで生きている。

日本の経営者の前向きさは、そこを他者のせいにせず、自己責任として負ってしまう。 そんな気がする。
SNSでもよくみるけど。

一見潔いし、
その危機感は、平事については、敏感で健全でいい作用となる。

だけど、こうした有事に、そこを錯覚して、現状を声にあげないことが、むしろ今は罪だと考えます。

流行り風邪より、経済的苦境で死ぬ人間、苦しむ人間のほうが増えている。増えていく。

なんだかいまは
戦前の「欲しがりません勝つまでは」
のような集団催眠にかけられているな、と
不気味な雰囲気を感じます。

だからそこだけは断固一線ひいて、
そういう精神武装をして、自身過ごしています。

素直に疑問をもつ感覚と、その奥に何があるのかな、とおもえる洞察があれば、いま世界や国内で起きていることが多少なりともみえるはず。

この騒ぎを経済を弱体化させる道具にしているとことか、
疫病専門家からすれば、問題でないようなことが、大袈裟に取り立たされていること。

新聞も雑誌も地上波も、BLMはじめ、的外れな報道ばかりで、c国とりまく事柄をタブー視していることとか。

国がなぜ国民を守れないのだろう。

国益でなく、混乱と不況でこそ大儲けができる一部のGらの権益からでしか政策をうてないのだろう。

手洗いウガイはわかったから、
もっと根源的なところ。
そこにもっと目を向けないといけない。

まじめだけど、ばか。
 
ではいけない。

ちゃんと勉強して頭をつかって
防衛していかないと、
と考えています。

追記
曖昧な書き方してすみません。
具体的に真ん中をいくと、削除やアカウント凍結されるので (経験談)

こうしたことの、カフェアカウント
からの発信は、ホント避けたいけど、自分や身近な人間を守るために、やれることはやりたい。

その気持ちの強さが勝るから。

明日からまたのんきなごはんの写真あげます。


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2020/7/22 | 投稿者: sendaikoffeeco

いろいろなところで無力を感じるなか、何かできないか、と考えて、こうしたことを伝えるもひとつかなと。

日本はどうしてこれほど感染が抑えられているのか?という、いわゆる"ファクターX"
これも解明されつつあるようだ。

ひとは
常に、絶え間なく、さまざまなウイルスに感染し、免疫をつくり、他のウイルスから体を守っている。

武漢から新型ウイルスG型が上陸するすこし手前、昨年12月ころ、
日本国内へは、弱毒性のK型ウイルスと、S型ウイルスというものが、武漢からの避難民や、その後につづく中国人の入国によってピークをむかえていたという。

このころ発症せずとも、これらK型、S型に大多数の日本人は感染していたという。

これがファクターXで、K型、S型に感染し、体のなかに免疫をつくったひとたちは、
その後新たに新型ウイルスに感染したとしても、無症状であったり、一晩発熱することにより、新型のウイルスを体外へ押しだす、という人体のしくみに守られていた。

その逆もあるようで、ウイルス干渉というようだ。

中国沿岸や、日本はそうした要因があって、被害が少なかったという。

反対に、アメリカやイタリアなど、
国境封鎖が早かった国々は、K型が上陸ぜす免疫が広がらなかっため、新型Gウイルスにやられてしまったということだ。

さらに医療インフラや保険制度の問題も重なって、こうした結果になったのだろう。

単なるファクトとしては腑に落ちる。

やはり、ウイルスとの共存が根本的な対策で、逆に過度に活動を控えてしまった結果、抗体を途絶えさせることの危険もあるという。

健常者であるなら、コンディションを維持しつつ、これまでとおりの社会生活を送る、というのがいいのだろう。

こうした背景を隠し、ひとたちを怯えさせるための、中身のない数字だけの感染者報告や、いろいろなものには作為があるとおもって、冷静にみて行動すべきなのだとおもう。

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