2020/8/3 | 投稿者: sendaikoffeeco

4ヶ月。一年の3分の1。
季節ひとつがおわってはじまる。

それだけの期間、全力で生きるに関わらず、真っ当でない理由が、足をひっぱってくる苦しさ。

疫病で死ぬことは、まあそれは運かな、と思う一方で、過度なストレスで気力を失うことのほうが、振り向くすぐ背中にリアルに張り付いていて恐ろしい。

まあ、こればはかりは当事者でなけれりゃ想像もつかないだろう。そう諦観しているけど。

娯楽、サービス、接客業への打撃。
311直後は、これら業種が、さまざまな失業者たちの受け皿になって、経済を救っていった。

今は、反対に我々側が壊滅的。

政府対策も、売り上げの3割減が何ヶ月続いたらどうとか、5割減がどうとか言ってるけど、このひとたち、経営や人間の生活をわかってるのかな、とおもう。
(わかった上での見殺しだとしか受け取れないけど。)

残った3割や4割からの益で、税金保険支払って我々は生活しているわけだから。

軽くみないでほしい。それは完璧な倒産状態。もうまともな話にならない。

心が折れたって砕けたって、前へ進むよりない。
できれば、前向きに倒れて死のう。
大袈裟じゃなく、そんな一進一退の毎日。
疲れ果てた身体。カラ元気だけで生きている。

日本の経営者の前向きさは、そこを他者のせいにせず、自己責任として負ってしまう。 そんな気がする。
SNSでもよくみるけど。

一見潔いし、
その危機感は、平事については、敏感で健全でいい作用となる。

だけど、こうした有事に、そこを錯覚して、現状を声にあげないことが、むしろ今は罪だと考えます。

流行り風邪より、経済的苦境で死ぬ人間、苦しむ人間のほうが増えている。増えていく。

なんだかいまは
戦前の「欲しがりません勝つまでは」
のような集団催眠にかけられているな、と
不気味な雰囲気を感じます。

だからそこだけは断固一線ひいて、
そういう精神武装をして、自身過ごしています。

素直に疑問をもつ感覚と、その奥に何があるのかな、とおもえる洞察があれば、いま世界や国内で起きていることが多少なりともみえるはず。

この騒ぎを経済を弱体化させる道具にしているとことか、
疫病専門家からすれば、問題でないようなことが、大袈裟に取り立たされていること。

新聞も雑誌も地上波も、BLMはじめ、的外れな報道ばかりで、c国とりまく事柄をタブー視していることとか。

国がなぜ国民を守れないのだろう。

国益でなく、混乱と不況でこそ大儲けができる一部のGらの権益からでしか政策をうてないのだろう。

手洗いウガイはわかったから、
もっと根源的なところ。
そこにもっと目を向けないといけない。

まじめだけど、ばか。
 
ではいけない。

ちゃんと勉強して頭をつかって
防衛していかないと、
と考えています。

追記
曖昧な書き方してすみません。
具体的に真ん中をいくと、削除やアカウント凍結されるので (経験談)

こうしたことの、カフェアカウント
からの発信は、ホント避けたいけど、自分や身近な人間を守るために、やれることはやりたい。

その気持ちの強さが勝るから。

明日からまたのんきなごはんの写真あげます。


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2020/7/22 | 投稿者: sendaikoffeeco

いろいろなところで無力を感じるなか、何かできないか、と考えて、こうしたことを伝えるもひとつかなと。

日本はどうしてこれほど感染が抑えられているのか?という、いわゆる"ファクターX"
これも解明されつつあるようだ。

ひとは
常に、絶え間なく、さまざまなウイルスに感染し、免疫をつくり、他のウイルスから体を守っている。

武漢から新型ウイルスG型が上陸するすこし手前、昨年12月ころ、
日本国内へは、弱毒性のK型ウイルスと、S型ウイルスというものが、武漢からの避難民や、その後につづく中国人の入国によってピークをむかえていたという。

このころ発症せずとも、これらK型、S型に大多数の日本人は感染していたという。

これがファクターXで、K型、S型に感染し、体のなかに免疫をつくったひとたちは、
その後新たに新型ウイルスに感染したとしても、無症状であったり、一晩発熱することにより、新型のウイルスを体外へ押しだす、という人体のしくみに守られていた。

その逆もあるようで、ウイルス干渉というようだ。

中国沿岸や、日本はそうした要因があって、被害が少なかったという。

反対に、アメリカやイタリアなど、
国境封鎖が早かった国々は、K型が上陸ぜす免疫が広がらなかっため、新型Gウイルスにやられてしまったということだ。

さらに医療インフラや保険制度の問題も重なって、こうした結果になったのだろう。

単なるファクトとしては腑に落ちる。

やはり、ウイルスとの共存が根本的な対策で、逆に過度に活動を控えてしまった結果、抗体を途絶えさせることの危険もあるという。

健常者であるなら、コンディションを維持しつつ、これまでとおりの社会生活を送る、というのがいいのだろう。

こうした背景を隠し、ひとたちを怯えさせるための、中身のない数字だけの感染者報告や、いろいろなものには作為があるとおもって、冷静にみて行動すべきなのだとおもう。

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2020/7/17 | 投稿者: sendaikoffeeco

きのうは雑誌の取材がありました。
その折の店内スナップ撮影の模様。

媒体露出。
ユナは2度目かな。今回初がリナ。

カメラマンさんが、"ふたりともかわいいなあ" とハイテンションになっていたのが可笑しかったです。

でもそれもプロの気遣いなんでしょうね。

おかげでユナリナも
リラックスした表情をしてました笑。


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2020/7/12 | 投稿者: sendaikoffeeco

今夜は、これより地元宮城のユニットtae-chuの有観客カフェライブ。
彼らにとっても、skにとっても自粛以降初。

すべてのミュージャンを、すこしでもはやく
"おかえり"と迎え入れたい。

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この模様の一部は、今週16木曜、TBC朝の情報番組"ウォッチン!みやぎ" にて放映予定です。
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2020/7/1 | 投稿者: sendaikoffeeco

息子の高校サッカー
12年におよぶ育成世代のサッカーが
ひとまずおわった。

昨今のさわぎで、インハイはじめ、さまざまな公式戦は中止。
そこで自らの未来の行く末や、そのためのアプローチなど、
本人なりに考えた上の決断だったようだ。

チームでは、プロを目指すもの、選手権を諦めていないもの、サッカーで進学するため、現役続行するものも多い中、自力で決めた引き際だったようだ。

やつはサッカーに育ててもらった。 
つくづくそうおもう。

折々に、
すばらしい指導者や仲間にめぐまれてきた。

せんだって
ヘッドコーチへ引退の決意を打ち明けたとき、
コーチはそれを否定せず、やつのジンセーぜんたいのなかで、肯定するようなことばをかけてくれたようだった。

「(進学の準備のために)
サッカーを休んでもいい。」
そんな言い方をされたようだった。

「おまえはサッカーに育ててもらった。
そんなサッカーはこれからも、ずっとつづけてほしい。

だから
引退なんて言葉は使わないでくれ。」
 
そして 
「わすれるなよ。おれたちは家族だ」
とも。

部員180名もいる強豪校で、
日の目をみるはその一割程度。
のこり九割。ほとんどはナミダをのむ熾烈。
酷。

相対的な成長が本質とはいえ、
ここでなければ、もっともっと活躍できたであろう選手。
最上へ上り詰められないなら、サッカーを諦めてしまおう。
そんなストイックな判断を下す選手。

そうした教え子たちが無数に目前をすりぬけていく。

そこに生まれるであろう一種のやるせなさ。
指導者としての葛藤を抱えてきたのだろう。

あとすこし、というところまで突き詰めて、
尽きてしまったやつへの無念を含め。
その敬意を含め。

それがなにであれ、
自身のすることに興味さえ失わなければ、
向上する精神さえ手放ずいさえすればいい。

おれはそう思う。
自戒もこめて。

それと異なり、コーチはあえて、サッカーを捨て去るな、と言い放った。
そこにこだわった。

それはどこか理を超えた
彼なりの情であり、
教え子やサッカーへの愛の深さだったのだろう。

死ぬ気で打ち込んできたものから離れる決断。
そこに、どこか懐をもたせた考え方。

それを示してくれたこと、
それがやつのなかで、ぐっと染みていったこと。

息子が今後どういうスタンスで
ピッチに立つか、立たないかはわからないけれど、
2度とないほどに
厳しく深い愛情をもって鍛え込まれた時空は
なにものにもかえがたい財産になったはず。

最後の最後まで
サッカーに導いてもらったんだな。とおもう。

 
第二章の幕へむけて。

#やつについて書くのはきっとこれが最後

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