2005/12/14

マーク・トウェインの手紙(ジョン・万次郎番外編 )  敬愛する「ジョン・万次郎」

ジョン・万次郎縁の品々が展示されているミリセント図書館は、イタリアのルネッサンス様式で建てられている。この図書館は、19世紀後半にかけて、石油精製で巨万の富を得た、ヘンリー・ハットルストン・ロジャースの娘、ミリセント・ギフォード・ロジャースの名前に因んで命名された。ミリセントは17才で亡くなって居り、父、ヘンリー・ロジャースは、ミリセントが、もし生きていたらと20才という誕生日、1893年1月30日にオープンさせた。図書館の入り口には、ミリセントの顔をデザインした、ステンドグラスが飾られていた。

クリックすると元のサイズで表示します 1986年、National Register of Historic Placesに指定されたミリセント図書館

ヘンリー・ロジャースは、フェアヘヴンで生まれ、ペンシルバニアにて起業し成功したが、高校時代の友人と結婚したのを契機に、フェアヘヴンに戻り、当時捕鯨の衰退と共に寂れつつあった自分の生まれた街に、様々な公共施設を寄贈している。石油発掘によって、捕鯨産業が衰退したのだから、この街の運命の皮肉を感じる。ヘンリー・ロジャースは、図書館の他にも、ハイスクールや市民ホール等を寄贈しており、街にある他の箱庭のような建物とは対照的な、豪華な建築法で建てられているので、すぐに見て取れた。

地元の高校、一見お城のような建物 クリックすると元のサイズで表示します

一方、ヘンリー・ロジャースは、『王子と乞食』、『トム・ソーヤーの冒険』、『ハックル・ベリイ・フィンの冒険』で19世紀のアメリカ文学を代表とする作家、マーク・トウェインと、親友であった。実際に、マーク・トウェインは、このミリセント図書館に滞在し、執筆活動もしたという。南北戦争後、一躍作家としての名声を高め、代表作を次々と世に送り出したマーク・トウェインであったが、50歳代後半からは、出版社の破産に始まり、開発した自動植字機の事業も失敗し、莫大な借金を背負ってしまう。更に、長女の脳膜炎による急死、妻の喘息発作による死…と、次々不幸に見舞われた。晩年、マーク・トウェインは、出版の収入から借金は完済し、豪邸を構えるまでにはなるが、逆境時には、ヘンリー・ロジャースが、金銭的・精神的共に支えたと言われている。

クリックすると元のサイズで表示します 立派なタウンホールを見上げて

尚、マーク・トウェインの本名は、ミュエル・ラングホーン・クレメンズ(Samuel Langhorne Clemens)という。マーク・トウェインは、1835年、ミズーリ州開拓地のフロリダ村で生まれた。弁護士であった父の死後、地元の印刷所の植字工となり、その後、印刷職人として各地を放浪。ミシシッピ川で、水先案内人なども勤めた。また、材木や銀鉱山の投機にも手を出したが、失敗し、次に新聞記者となるが、生来の短気と辛辣な記事で、悶着を起こし、カリフォルニアへ逃げ出す…という波乱に飛んだ青年時代を、過していたのだった。
マーク・トウェーンのレリーフ クリックすると元のサイズで表示します

因みにペンネーム『マーク・トウェーン』とは、川を蒸気船が航行する際の、測深手の合図、即ち 船が川底につかない安全な深さ=by the mark twain(約3.6m)から取った水先案内人用語である。ミシシッピ川で水先案内人を務めた事から思いついたと言えよう。最も裕福となった40代では、大邸宅に6人の召使いを雇い、専用列車で旅行する王侯貴族のような生活を送った。しかし、マーク・トウェーンの晩年は、悪夢や預言等に関心を持ち、白い服しか身に付けない等の奇行が目立ったという。いかなる名声も財産も永遠に続くものではない。むしろ、名声や財産が、不幸をもたらす事の方が多い。マーク・トウェーンの一生を追うと、「諸行無常」が人生の常であると思い知らされた。万次郎と同じ時代を生きたマーク・トウェーン、波乱に飛んだその青春期には、いささか共通点が見つかるが、晩年の生き方は対照的だと感じた。

クリックすると元のサイズで表示します マーク・トウェーン直筆の手紙

ミリセント図書館には、マーク・トウェインがヘンリー・ロジャースに宛てた、直筆の手紙が展示されていた。また、私達も記帳した図書館のサインノートは、今でこそ、主に、万次郎関係者の訪問者の記帳ノートになってはいるが、最初は図書館を訪れた著名人のサインノートで、1894年のタウンホールのオープン時、祝辞の為に訪れたマーク・トゥエインのサインも施されているのだそうだ。そして、1987年、当時皇太子、皇太子妃としてご訪問された、天皇陛下、皇后陛下の直筆のサインも見ることが出来た。その同じノートに名前を連ねられたのは、大変光栄な事だった。
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2007/9/27  19:16

投稿者:ほたる


takakoさん、ご丁寧にありがとうございました。

>作家マーク・トウェインの直筆の手紙が残っているんですね。
イヤー 感動です。写真で拝見出来たのが嬉しいです。

はい。綺麗な筆記体で書かれていました。
takakoさんに見て頂けるなら、もう少し読めるように撮ってこれば良かったと後悔しています。

>マーク・トウェインの子供の頃の家や博物館があるミズリー州のハーナ
バルでは毎年『Hannibal』カエルのジャンプ競争があるのだそうです。

まぁ、それは楽しそうですね。夢がありますね〜。

>何時もは静かな街なのに突然4倍にも人や車がやってきて大人も子供も
蛙ジンプ大会で賑わうのだそうです。

皆さん自慢の蛙を持ち寄るのでしょうか?
思うように跳ばなかったり、ハプニングも続出で楽しそうですね。
晩年のマーク・トウェインが、もし観れたなら心も癒されたでしょうね。



☆takakoさんへ

2007/9/21  16:33

投稿者:takako

作家マーク・トウェインの直筆の手紙が残っているんですね。
イヤー 感動です。写真で拝見出来たのが嬉しいです。

マーク・トウェインの子供の頃の家や博物館があるミズリー州のハーナ
バルでは毎年『Hannibal』カエルのジャンプ競争があるのだそうです。
何時もは静かな街なのに突然4倍にも人や車がやってきて大人も子供も
蛙ジンプ大会で賑わうのだそうです。

http://diary.jp.aol.com/2ymvsg59/

2005/12/15  17:06

投稿者:ほたるさん

☆さかなさんへ
ようこそ、お越しくださいました。
小沢さんのサインは、見てきましたよ。
ホント、大きかったですね。
それに空白があっても、誰一人書き込んでいなくて。

ご隠居さんと、さかなさんのお名前、
載っていたのですか。。もっと、探せば良かったです。
元、ボストン領事の方にお名前は、見つけましたよ。

名古屋は、寒波が来ています。
シアトルは、ボストンより暖かいですよね。
皆様、どうぞ、お元気で。。
また、さかなさんのブログにも、お邪魔します。
なっちゃんのお誕生会ニュースとか、楽しみに。。。


2005/12/15  12:21

投稿者:さかなさん

図書館のサインノートにはご隠居とさかなのサインもあるはずです。
小沢一郎さんのもね。しかも天皇のものより大きい字だし。

2005/12/15  1:59

投稿者:ほたるさん

☆JUNさんへ
>事業の成功を素直に喜べない複雑な思いであったことが想像されます。

繁栄し活気があった頃を懐かしんだでしょうね。
でも、本当に、そのお陰で、万次郎縁の品々が、
状態の良いまま、保存された事になったのですね。
有り難いことです。
写真の解説にもありますが、アメリカの歴史的建物…
として、指定されているので、万次郎の思い出も、
これからもずっと、保存してもらえますね。
日本は、東京空襲で沢山の歴史的史料を失いました。
万次郎の遺品も然りです。反ってアメリカに有って、
良かったと思われる品が、多いのでしょうね。。
残念な話ですが・・・。

2005/12/15  0:26

投稿者:JUNさん

ヘンリーさんの心境を考えてしまいます。捕鯨の街フェアヘブンの出
身で石油発掘の事業で大成功した結果、故郷フェアヘブンの産業が衰
退してしまう。事業の成功を素直に喜べない複雑な思いであったこと
が想像されます。高校や美術館、シテイーホールを建ててくれたの
も、そういった思いからなのかもしれないですね。その結果、万次郎
の貴重な資料が保存されることになったのだから、よかったです。

2005/12/14  23:12

投稿者:ほたるさん

☆ととさんへ
少し、落ち着きました。ふうっ。まりも心臓も破裂かと思いました。
ととさん、建物の専門家ですか?建築士とか?
凄い豪華なんですよ。ちょっと、協調性がない気もしますが。
そこが、まあ、アメリカらしいですよね。

私は、神戸・大阪は何度も行きました。
長崎、長崎、長崎へ行きた〜〜〜(誰か止めてくれ)〜〜〜い!

2005/12/14  21:25

投稿者:ととさん

ほたるさん、

こんばんわ。今日はわくわくするニュースがあってよかったですね!!!!
1月が楽しみですね。って、もうすぐじゃないですか。

なんだか立派な建物が多いですね。建築物のこと、大学の時に
学んだはずなのですがすっかり忘れてしまっています。

ぷーたろうの頃、小樽に独り旅したんですが、昔の洋館みたいなのが
たくさんあっておもしろかったです。

長崎も洋館はまだ残ってるところもありますが、昔はもっとたくさん
あったんだなぁという写真を見たことがあります。

神戸にも洋館がたくさんありますが、長崎とはちょっと雰囲気が違います。
…あぁ、そういえば、大震災以降一度も行ってないです。
大阪にも行きたいんですがねー。もち甲子園も。(笑)

http://toto.blogzine.jp

2005/12/14  16:35

投稿者:ほたるさん

☆テレ枡さんへ
>マーク・トウェイン本人じゃなくてゴメン
いえいえ、謝って頂くほどの事はございません。
彼がテレ枡さんのアイドルだったら、恐いですし。(笑)

万次郎について、
私は、日本開国に、深く関った人と解っていても、
英語の発音で「ほったいもいじるな」とか、
冒険家とか、ラッキーな人…というイメージでした。
それも、井○○二の「ジョン万次郎漂流記」の影響でした。
私は、アメリカヘ行って初めて、
万次郎の英雄ぶりを知ったのです。
ニューベッドフォードの捕鯨博物館で働いていた、
黒人の人に「万次郎は英雄なんだ!」と強調されました。
その時、日本人として、恥ずかしかったです。
偶然にも、この近くから漂流した人(音吉)も居て、
その地も訪れ、お墓も行きました。↓
http://diary.jp.aol.com/applet/tspysjc/msgcate5/archive
万次郎や、音吉達の偉業を、
日本人として、正しく知って置くべきだ!
と、マジにNHKへ投書したいのですよ。。
そして、誰か、脚本書いて頂けませんか?
司馬遼太郎さんが、生きて居られたらなぁ。。

2005/12/14  16:12

投稿者:ほたるさん

☆やままささんへ
ロケットは?
・・・ロジャー・クレメンス
マーク・トウェインの本名は?
・・・ミュエル・クレメンズ
そりゃ、もう、ボストンしか、ないでしょう。
いい加減、諦めて下さいな。。

本は、強制的に読まされると、
確かに、印象が良くないですね。
私は「王子とこじき」が好きでした。
何か、極端な身分差だったけど、
2人の間には、厚い友情を感じた記憶…です。
また、冒険物も楽しかった。。
私の父は「TVはNHK派」でしたので、
本は、よく読みました。
こういう物語って、きっと、大人になって読んでも、
また、新しい発見があったりするのですよね。

>だから安心してお休みください。

それがですね、今夜はきっと、、、
安心しては、眠られないのですよ。

だって、お寿司Part2、投稿しちゃうもん!
明日の早一は、ここに、こられない方が…良いかも?


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