2006/8/2

魔球は完成していたのか?「出口のない海」…人間魚雷回天・秘話  好きな映画と本(一部ネタバレあり)

時は太平洋戦争が始まった1941年、並木浩ニはA大野球部に所属していた。並木はその3年前、高校野球の甲子園優勝投手で、そのフォームは鮮やかな鶴の舞と比喩され、速球良し、制球良しの本格派投手として華々しい活躍をした。何校かの有名大学からの誘いを断り、A大学に入ったのは、文武両道の校風が気に入ったからだった。マスコミは「最下位、A大に救世主」等と華やかに書きたてた。しかし、春の大学リーグを前に並木の肘は、関節の磨耗による「変形性関節症」に犯された。その上、リハビリを進めている途中、当時大学の必須科目だった軍事訓練の時、三八式歩兵銃を抱かえて走行中に転倒、銃を庇って肘を骨折してしまった。

手術は成功したが、投手としての選手生命は絶たれたと誰もが思った。しかし、並木は諦めず、1人黙々と走り続け炎症が治まるのを待ってリハビリも開始した。やがて遠投やキャッチボールまで出来るようになり担当医師も驚くほどの回復力だった。そんなある日、入部当初から、並木の球を受け続けていた剛原が、球を受ける為に並木から呼び出された。並木は自信に満ち溢れた表情だったが、球威は落ち肘を痛める以前のような球は一球も剛原のミットに納めらなかった。慰めの言葉をかけようとした剛原に、並木は言った。「魔球…二段階で変化する球を作り出したい」と…。その瞬間、喘息で野球選手は諦めマネージャーとなっていた小畑がメガホンを持ってグランドに駆け出して来た。「日米開戦だ!日本がハワイの真珠湾を攻撃したぞぉ!」(台詞「出口のない海」より抜粋)
  「出口のない海」講談社    クリックすると元のサイズで表示します 

この物語…「出口のない海」は、野球に打ち込んていた大学生が学徒出陣によって出兵し、特攻兵器…人間魚雷回天に搭乗した事実に基づいて書かれている。「回天」…私がこの言葉を初めて目にしたのは、父が旅行から持ち帰った一枚のパンフレットだった。それは、山口県周南市にある「回天記念館」の物だった。そのパンフレットに書かれている事は私にとって衝撃的だった。父も多くを語らなかったと記憶している。1996年、作家の横山秀夫氏は、漫画家の三枝 義浩氏に描かせ「出口のない海…人間魚雷回天特攻作戦の悲劇」が発刊された。そして2004年、横山氏はその原案に改訂を加え、小説「出口のない海」を出版、ベストセラーとなった。更に小説は映画化され、来月17日より全国松竹系映画館で上映される。

※映画「出口のない海」公式HP  
http://www.deguchi-movie.jp/

公式サイトにも書かれているが、「回天」という名前は、太平洋戦争の末期、“天を回らし、戦局を逆転させる”という意味“天運挽回”の願いを込めて名付けられた。発案・開発したのは、黒木博司大尉と、仁科関夫少尉で、ミッドウェイ海戦の敗北から制海権を奪われて、使用出来なくなっていた九三式魚雷を改造し、人が乗り込み一撃必中の体当たり攻撃をしかける人間魚雷の構想を打ち出した。当初は軍の上層部も受け入れなかったが、昭和19年、東南アジア方面の戦線は悪化。主力艦隊の大半を失った日本軍は特殊攻撃作戦による敵空母、戦艦への攻撃を決定し、人間魚雷の開発を命じた。しかし、既に開発にかける時間の余裕もなく、九三式魚雷を簡単に改造して操縦座席を搭載しただけの代物であり、性能は極めて悪かった。その為に「回天」の操縦訓練は、常に危険を伴い、訓練中の事故で亡くなった隊員も多数存在した。皮肉な事に、人間魚雷「回天」の最初の犠牲者となったのは、発案者である黒木大尉その人であったという。
クリックすると元のサイズで表示しますハワイ米陸軍博物館〜遊就館へ移された回天。

「出口のない海」では、並木が海軍に入隊し志願して回天隊に入り、「命の終焉」に向って訓練を受けて行く心理描写が巧みに描かれて居り、回天の事を「人の心をもてあそぶ鉄の棺桶」と描かれている。並木は、覚悟を決め出撃の時を迎え、野球仲間、家族、愛しい人の名前を叫びながら、発射のレバーを引くも燃料に点火せず、光基地に帰還することになってしまう。伊号潜水艦には、回天六基が搭載されていたが、故障や敵の攻撃に遭い破損した艇もあり、その時発射出来たのは一基のみだった。

「出口のない海」は、戦争、人間魚雷という重いテーマを描いているにも関らず、読んだ後、爽やかな感動の余韻が残る。それは、野球というスポーツを通して並木が得た人間関係の温かさが、物語全体をオブラートのように包み込んでいるからと推察する。死を目前にしながらも、最後まで魔球開発を諦めず、ボールを投げ続けた並木…。人が極限に追い込まれても強く居られる為には、例え僅かでも夢や希望が必要である事を意味していると思った。結局、並木は2度目の出撃を前にした訓練中、回天と共に消息を絶つ。やがて回天と共に並木の亡骸は発見されるが、並木の足元には「魔球完成」と書かれた野球のボールが…。果たして並木は魔球を完成していたのだろうか?戦果を挙げた隊員が戻る事のない特攻作戦だからこそ、確かな資料が残されていない。並木の魔球も回天の正確な戦果も、太平洋という大海に飲み込まれてしまった。
伊号潜水艦の基地となった大津島 クリックすると元のサイズで表示します
 
尚、並木が消息を絶った訓練以後、回天での特攻作戦は実行されること無く終戦を迎えた。軍部は最後まで、一億総玉砕を叫んでいたが、既に国内では、沖縄への米軍上陸を許して、血みどろの敗北を喫し、街と言う街は空襲で焼け野原となり、広島・長崎は、原爆で壊滅状態だった。三国同盟のイタリア、ドイツが5月に降伏して以降、遅きに失した敗北だった…と横山氏も書いている。

0



2006/8/6  19:42

投稿者:ほたる

Kobayashi様、ご来訪、ありがとうございました。
関係者の方のコメントを頂けるのは、とっても光栄です。

>拝読いたしました。若い方がこのように書き記してくださることに感謝いたします。

とんでもないです。拙い文章ですが、書きたいと思って書きました。

>私の伯父にあたる者が回天・多聞隊で命を落としました。母と一緒に周南市へも何度も足を運びましたし、母の遺志をついで毎年靖国も参っております。

そうでしたか。。父親の先輩も神風特攻隊に乗った人が居ました。
多聞隊の方達は、本当に終戦間際に出撃されたのですよね。
もう少し、早く終戦していれば、広島、長崎もあんな惨い目に会わなかったでしょうし、
回天の多聞隊の方達も命を落とさずに済みましたね。
61年前とは言え、今だに悔しいです。

>取上げられておられます本はよく書けており、多くの方が回天の存在を認識していただけるだけで嬉しく存じます。

はい。重い話を野球というスポーツを通し、読みやすく書かれています。
また、心理描写もよくて感情移入も出来、素晴らしいと思いました。

>しかし本の文中では書かれておりませんが、回天の出撃は終戦直前の8月10 ,11,12日にもございまして沖縄沖で6名の隊員が命を落とされております。

そんなぎりぎりまで…ですか。。悲しいですね。

>ほたる様のこの文章を一人でも多くの方が読まれまして、命の尊さをいま一つ見つめ直していたたくきっかけとなりますようにと願ってやみません。

ありがとうございます。小さな力でも書き続けて行く事…大事だと思っています。
昨日、全国回天会編集の写真集「回天」が届きました。
遺書の言葉に、涙しながら読ませて頂いています。
また、このテーマは書きたいと思いますので、
今後共、宜しくご指導ください。

>ほたる様の今後の御活躍も期待しております。

ありがとうございます。Kobayashi様もお元気で、またのお越しをお待ちしています。


☆Kobayashi様へ

2006/8/4  14:46

投稿者:Kobayashi


拝読いたしました。若い方がこのように書き記してくださることに感謝いたします。私の伯父にあたる者が回天・多聞隊で命を落としました。母と一緒に周南市へも何度も足を運びましたし、母の遺志をついで毎年靖国も参っております。取上げられておられます本はよく書けており、多くの方が回天の存在を認識していただけるだけで嬉しく存じます。しかし本の文中では書かれておりませんが、回天の出撃は終戦直前の8月10 ,11,12日にもございまして沖縄沖で6名の隊員が命を落とされております。ほたる様のこの文章を一人でも多くの方が読まれまして、命の尊さをいま一つ見つめ直していたたくきっかけとなりますようにと願ってやみません。ほたる様の今後の御活躍も期待しております。

2006/8/3  15:15

投稿者:ほたる

>「時代が違うから」などという無意味な答えはしたくないですが、
他に思いつくことがありません・・・

確かに。。人は、生まれてくる時代も場所も、選べないのですものね。

>特攻の話は、小泉というアホな人物が話題にしますが、
そのたびに日本国民にとって恥さらしのような浅薄な
権力者が、特攻の話をする資格などあるものか、
という義憤に近い怒りを覚えます。

きっと映画では描かれない軍上層部の話とか、本では触れています。
人の命を道具のように扱った罪は、やはり重い罪だと思います。
政治家は、遺族の心を利用しているだけの人が多い気がします。

>話がそれましたが、やがて原爆の日、終戦の日がやってきますね。

はい。8月はそんな月ですね。仏教ではうら盆。。
亡くなった人が帰ってくる時だと言われています。
過去を振り返って、祈る為の月なのかもしれませんね。

>※ところで回天は小学校の頃、マンガ「マカロニほうれん荘」で
知りました。

へえーっ?「マカロニほうれん荘」に…出て来たのですか?!
私は読んでいないのですが、沖田総司君が出ていたような?
私の大好きな「踊る…」の青島君も(ドラマの中で)読んでいたので、
私も是非、読んでみたいです。ほうれん荘…って下宿なのかな?
「荘」は「草」だと思っていました。←無知は強し。。


☆KEYさんへ No2

2006/8/3  15:14

投稿者:ほたる

KEYさん、こんばんは。御仕事、お疲れ様でした?かしら?

>興味深い作品を紹介していただきありがとうございます。

そう言って頂けたら嬉しいです。文庫も発売されましたので、是非読んでみて下さい。
私もKEYさんが、ご紹介下さった本、是非、読ませて頂きます。

>あの戦争では数多くの野球選手が散って行きましたものね。
沢村栄治なんかもそうだっけ。

はい。多くの無形財産を失くしましたね。とても悲しい事です。
沢村栄治は、確か日清戦争?にも徴兵されて、その肩を買われて、
手榴弾投げをさせられたのでしたね。それで肩を痛めたとか。。
更に、左腕を銃弾貫通の負傷したり、マラリアにも感染したり、、、
2度目の徴兵の後の巨人解雇の話は、子供の頃、父から聞きました。結局プロ野球も中断してしまうのですが、父は怒っていましたよ。
太平洋戦争で、3度目徴兵されて、陸軍だったみたいですが、
輸送船に搭乗中、攻撃に遭って帰らぬ人に…だったかと。。
父の教員生活の大先輩に、三重県出身の方がいて、
その人の影響で、沢村選手には詳しかったです。

>回天の話も、ゼロ戦での特攻とあわせて胸が痛みます。

誰もが、家族や愛しい人を守る為…と乗ったのですね。
本の中に、衝撃的に台詞がありました。

「敵を見た事があるか?俺達は己と戦っているんだ」

確かに、回天隊として散っていった人達の中で、
実際、敵を見た人はいなかったでしょう?ね。

>そのことを思うたびに必ず考えるのは、なぜあの世代の若者は
そのような運命をたどりなぜ我々はそうではなく、享楽的な
趣味に興じ、平和な暮らしを享受できるのかということです。

そうですね。平和である事に、心から感謝しないといけないですね。。


☆KEYさんへ No1

2006/8/3  14:32

投稿者:ほたる

ぼくあずささん、いつも読んで頂いた上にコメントもありがとうございます。

>縁故疎開先で国民小学校に入学。

「出口のない海」の主人公のお父様は、国民学校の校長先生でした。
意に反して、戦時教育をされていたようです。

>阿伎留野の上空を通過する敵爆撃機

これは、ゼロ戦機の事なのですね。そんな現場を目撃されているって凄いです。
因みに親戚の小父さんは、特攻隊の生き残りでした。
出撃の前に、敵機来襲で、操縦桿に当たった弾が足に入り、
怪我をしてしまって、出撃出来ず、病院で終戦を迎えたそうです。
当時、足に巻きつけた止血した血染めの日の丸が、生前の宝物でした。。

>夜空を焦がして燃える帝都、出征兵士の見送り。終戦後の焼け野原のバラック生活。語り継がなくてはならぬ私の大東亜戦争の記憶です。

東京大空襲を体験なさったのですね。。
是非、周りの人達に、語り継いで下さい。
そして世界中から戦火が消え無くなる日を、祈りたいですね。

☆ぼくあずささんへ

2006/8/3  13:35

投稿者:ほたる

こひ〜さん、いつもありがとうございます。それにしてもまた暑くなりましたね。

>回天って当時の大日本帝国には究極の兵器だったのだろうが、むごすぎますよね。。。

脱出不可能ですものね。ハッチは中から開くのようにはなっていたらしいですが、
結果水圧で開かないですよね。
搭乗する時、どんな気持だったのか?想像すら出来ないです。

>潜望鏡はあるものの訓練での感覚のみで操るそうです。

はい。一旦浮上して、敵艦を確認したりする為らしいですね。
発射したら、窓もなくいつ衝突するも判らない。。。
そんな心理描写も、「出口のない海」では、よく描かれていました。

>でもその訓練自体は死ぬための訓練・・・

辛すぎますよね。
それに、上手く操縦出きるようになった者から出撃ですものね。
更に、点火しなかったり、回天自体の不具合で、帰還しても、
弱者扱いされて蔑まれる。。映画ではこういうシーンは無いようですが、
人を人とも、思わない…やはり戦争は、狂気の沙汰ですね。

>回天をネタにしたものに「特攻の島」という漫画があります。
シリアスな話の漫画です。ご存知かもしれませんがよろしければどうぞ。

教えて頂いて、ありがとうございます。早速、買おうと思いましたが、
まだ、文庫は、1巻しか出ていないようで。。目下思案中です。

>著者は「海猿」「ブラックジャックによろしく」と“命の尊さ”を書いて話題の佐藤秀峰氏で芳文社コミックスです。

海猿…読みました。男性漫画らしい小技?も効いていて、面白かったです。
ブラックジャックによろしく…はドラマで観ました。原作の方が面白いのかな?

この「出口のない海」も元は漫画…。そういえば、
最近、漫画からドラマや映画になる作品って多いですね。


☆こひ〜さんへ

2006/8/2  21:18

投稿者:KEY

ほたるさん、こんばんは
興味深い作品を紹介していただきありがとうございます。

あの戦争では数多くの野球選手が散って行きましたものね。
沢村栄治なんかもそうだっけ。

回天の話も、ゼロ戦での特攻とあわせて胸が痛みます。

そのことを思うたびに必ず考えるのは、なぜあの世代の若者は
そのような運命をたどりなぜ我々はそうではなく、享楽的な
趣味に興じ、平和な暮らしを享受できるのかということです。

「時代が違うから」などという無意味な答えはしたくないですが、
他に思いつくことがありません・・・

特攻の話は、小泉というアホな人物が話題にしますが、
そのたびに日本国民にとって恥さらしのような浅薄な
権力者が、特攻の話をする資格などあるものか、
という義憤に近い怒りを覚えます。

話がそれましたが、やがて原爆の日、終戦の日がやってきますね。


※ところで回天は小学校の頃、マンガ「マカロニほうれん荘」で
知りました。




http://blogs.yahoo.co.jp/hiroshikey66

2006/8/2  16:20

投稿者:ぼくあずさ

ほたるさん
縁故疎開先で国民小学校に入学。阿伎留野の上空を通過する敵爆撃機B29への急降下体当り攻撃する我が戦闘機、夜空を焦がして燃える帝都、出征兵士の見送り。終戦後の焼け野原のバラック生活。語り継がなくてはならぬ私の大東亜戦争の記憶です。


http://flueren.blog.ocn.ne.jp/dorf_flueren/

2006/8/2  10:59

投稿者:こひ〜

回天って当時の大日本帝国には究極の兵器だったのだろうが、むごすぎますよね。。。
潜望鏡はあるものの訓練での感覚のみで操るそうです。
でもその訓練自体は死ぬための訓練・・・

回天をネタにしたものに「特攻の島」という漫画があります。
シリアスな話の漫画です。ご存知かもしれませんがよろしければどうぞ。
著者は「海猿」「ブラックジャックによろしく」と“命の尊さ”を書いて話題の佐藤秀峰氏で芳文社コミックスです。


http://blog.livedoor.jp/kohhy_pajero/


※投稿されたコメントは管理人の承認後反映されます。

コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ