2006/8/23

オリリー夫人とエリザベスサンダースホーム・沢田美喜さん  日記(今日思うこと)

私が就職して初めて講習会に行ったのは、当時ブライダルメイクも手がけていた、オリリー社主催の講習だった。それは学生上がりの私にとって衝撃的なものだった。1人のインストラクターの方が、私達受講生の目の前で、お化粧を落として見せてくれた。その方のお顔には、大きな赤い痣があった。化粧していると全く気付かかず、まるで手品のようだった。それが私とカバーマークという化粧品との出会いだった。カバーマークが日本に渡来した経緯には、1951年、広島の原爆乙女と呼ばれた4人の女性がケロイド治療の為渡米し、帰国時に手術では取りきれないケロイドを隠せると、カバーマークを持ち帰った史実がある。そしてその事を知った、当時エリザベスサンダースホームの園長・沢田美喜さんが、混血孤児で痣のある子供の為に何とか輸入を…と、ピアス化粧品の坂本社長にお願いしたのが事の始まりだった。今日は、顔の痣を隠すだけでなく心も明るくするという素晴らしい化粧品、カバーマークの誕生について書いてみようと思う。
クリックすると元のサイズで表示します  カバーマーク生みの親…リディア・オリリー夫人
マーク(痣)があるとは、とても思えない綺麗なお肌。


リディア・オリリー(以降リディア)は、1921年に大学を優秀な成績で卒業した。当時のニューヨークで優秀な女性の憧れの職業は、デパートの帽子売り場の店員だったという。就職試験の筆記はトップで通過したものの、面接の際に顔に痣(以降マーク)があったという理由だけで、落とされてしまった。リディアには、左半分に大きな木苺色のマークがあったのだ。リディアは悲しみにくれた。しかし、それまでも差別は受けて来ていたリディアには、厳しい現実を受け入れるしか術がなかった。
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リディアには油彩で絵を描くいう趣味があった。ある日、あやめ(恐らくジャーマンアイリス)の絵を描いている時、過って紫の花弁の上に黒い絵の具を落としてしまった。その黒い沁み…リディアは自分のマークに置き換えながら、上から他の色を塗っているうちに沁みは隠れてしまった。 彼女は、同じように自分の顔のマークをカモフラージュする事が出来ないだろうか?と思いたち、油絵の具の筆をつかんで、自分のマークをに塗って鏡を見た。すると見事にマークは隠れ見えなくなっていた。しかし油絵の具は肌には決して良くはない。大学で化学を専攻していたリディアにその事は、痛いほど解っていた。

そこで、まずリディアは、ドラッグ・ストアで幾つかの化粧品を買って、水、亜鉛粉、リスリン等を混ぜて実験し始めた。 更に混合出来る成分を探る為に、化学者とも手を組み開発に挑んだ。マークを隠すファンデーションは、肌にとって有害であってはならないし、顔を上げて屋外に出て貰うには、紫外線からも肌を守らなければならない。なおかつ、マークのある人にとっては汗や雨で簡単に取れてしまってはいけない。リディアは、このコンセプトを元に化学者と共に開発し続けた。数週間後に、彼らはリキッドタイプのファンデーションを開発し、リディア自らが塗ってテストしてみたが、微笑んだ途端、割れ目が出来てしまった。何度かの失敗と試行錯誤の結果、 リディアは水にも強く取れ難い、そして肌と調和しうるペースト状のファンデーションを発明した。
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その当時、化粧品は贅沢品とされ、多くの課税がなされていた為、リディアは、貧しい人でもマークのある人達が手に入れる事が出来るようにと、特許を出願したが、化粧品というだけで真っ向から却下されてしまった。彼女は上告し、その問題は連邦裁判所へと持ち込まれた。リディアは、陪審員の前に立ち、その目の前でファンデーションを落としマークを見せ、再び塗ってみせた。その毅然とした姿に法廷は同意し、特許申請も通って、課税されず安価で提供できるファンデーションが誕生した。カバーマークの化粧法は、下地を整えファンデーションを塗ってからパウダーをはたき、その後水で洗い流す。それが汗にも雨にも強いという秘訣で、私も現在その後、改良されたカバーマークファンデーションを花嫁化粧に使用している。

私が受けた講習会で、化粧を落として見せくれたインスタラクター(マークアーチスト)は、「カバーマークとの出会いで人生が変った」と話してくれた。その方がカバーマークと出会った頃…20年以上前は、現在のように形成外科手術や皮膚移植手術も進んでは居らず、もし手術を受けようとしても、保険適用も厳しく、かなりの高額な費用が必要だったそうだ。更にアーチストは「このファンデーションがあれば、うつむいて歩いていた人が胸を張って歩けるようになる。学生でも、豊かでない人でも、使用する事が出来る…だからこそ、私はマークがあっても、素顔を見せられるようになった。多くの仲間が救われましたよ」と続けた。当時500円という破格の値段も非課税だからこそだった。そのカバーマークのファンデーションの蓋には、3本の蝋燭がついていた。それは「慈愛の灯火」と呼ばれ、多くの人を救って来た印だった。このカバーマークが日本に渡来した逸話と、三菱財閥の娘でありながら私財を投じて、混血児の為の孤児院を建てた沢田美喜さんについて…詳しくは、また後日、別の日記で…。
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2006/11/28  10:32

投稿者:ほたる

mai様、ご来訪、及びコメントをありがとうございました。

>こんばんは!こんな遅くにすいません。

いえいえ、この夜は、友人の結婚式の日で、色々と花嫁着付けの準備をしながら、
スピーチの言葉を書いていまして、徹夜しましたので起きていました。
でも、忙しくしていてお返事が遅れ、メールまで頂き、恐縮でした。

>いきなりで申し訳ないんですが、このリディアオリリー氏のファンデーション開発にいたる経緯についての
歴史はどこからもってこられたのですか?

歴史として、オリリー夫人についての、年号などの再確認は、
以下のカバーマーク化粧品のサイトで確認しました。
http://www.covermark.co.jp/about/index.html


>原文が読んでみたくなりました^^

メールでも答えさせて頂きましたが、この文章は、私のオリジナルで、原文はないのです。
ごめんなさい。私がオリリー夫人について知ったのは、
20年も前の、カバーマークの講習会でお話を聞いたのが初めです。
私は、美容の仕事に携わっておりましたので、
花嫁化粧を覚える手始めにその講習へと行ったのですが、
その時の講師さんのお話は、今でも鮮明に覚えていて一部ノートにも記録していました。
残念な事に、現在の講習会は、詳しい歴史の説明より商品説明重視になっているようです。

記事中にも、書いていますが、高校時代に話を聞いて存じていた、
エリザベスサンダースホームの沢田美喜さんとも、関連があった為、
特に印象深く記憶していたのかもしれません。
mai様のお役に立てなくて申し訳ないです。

☆mai様へ

2006/11/25  3:59

投稿者:mai

こんばんは!こんな遅くにすいません。いきなりで申し訳ないんですが、このリディアオリリー氏のファンデーション開発にいたる経緯についての歴史はどこからもってこられたのですか?原文が読んでみたくなりました^^

2006/8/24  17:58

投稿者:ほたる

>混血児って字を見るとちょっだけドキッとします。

驚かせて、ごめんなさいね。島国独自の表現ですよね。
この言葉を使うのに悩んでいたので、ある方にご相談に乗ってもらって、相応しいと思われる言葉に変えました。

>私の実家は横浜でも外国人の多い街だったから、小学校の図工のとき先生がこんな話をしていました。「このクレヨンの箱の中の“はだいろ”は一色だけだけど、箱の外にはたくさんの“はだいろ”があるからね」って。肌の色は違っても仲良くしようねって先生のお話がすごく記憶に残ってます。

 いい先生でしたね〜。確かに肌色って国によって違うはず。。
本当は言い方を、変えた方がいいですよね。

>ちょっと脱線気味だったけど、いつもよりはマシな感じ? まだ、病み上がりで調子が出ませんの。

いいえ。とっても良いお話をありがとうございました。その図工の先生、お元気かしら?
ずっとお元気でいて欲しいですね〜。
私もまたまた脱線、アメリカでは黄緑…って全部オリーブなのですよね。
イエローグリーンという英語がなくてびっくり!しました。

スピンさん、どれだけ脱線しても楽しいから、早く絶好調になってね。
また、お待ちしていま〜す。



☆スピンさんへ No4

2006/8/24  17:56

投稿者:ほたる

>ん〜、私は氷ってる水の上は得意なのに液体の水はちょっと苦手、カナヅチとも言うけど… でも、せっかく誘ってくれたから北極海にでも行こうかしら?

えーーっ?スピンさん、泳げないの?!
私もね、実は、水泳だけが得意で無かったの。。
川で育ったし、適当に泳げたので、しっかり泳法を習っていなくて、
平泳ぎ、背泳ぎは結構泳げるのだけど、クロールが苦しくて。。
最近になって、息継ぎの時、水の中で息を吐くと知って、目から鱗…。
私は、顔を上げた時に、吐いて吸ってをしていたから、忙しかったのよ〜。
それでようやく25メートル、泳げるようになりました。
中学の時、「自由形で泳ぎなさい」と言われて、
自由な泳法だと、屁理屈を言って犬掻きで泳いだ事もあります。
だけど、本当に自由形って、何で泳いでもいいんだって。。
シャレてたつもりが、本当でした。でもクロールより早い泳法はないよね。
えっ、バタフライ?……三掻きで沈みます。

それにしても、北極海は凍るよ〜。美しいまま永遠に氷浸けになっちゃう。。
でもいいかも?凍ったまま、ウオーターワールドを避け、
地球温暖化で溶けて、生き還ったりして。。
となると…地面のある大陸が安全だから、南極がお薦めよ。
私?私は、ウォーターワールドになっても、ノアの箱舟に乗せてもらえるって信じてます。ははは。
もし定員一杯で乗せて貰えなかったら、ペットボトルのいかだで生き抜くのだ!
(負けじと、かなり脱線してみました。私は絶好調かも?)


☆スピンさんへ No3

2006/8/24  17:55

投稿者:ほたる

>でも「プールの授業があるから夏はキライ」って言ってました。ほたるさん、今の化粧品だと泳いでも大丈夫なの?

水遊び程度の濡れるだけでは落ちないですが、
クロールとかで顔に水圧がかかると、落ちるかもしれないです。
タオルで拭く時は、抑えるように拭けば落ちないと習いました。

余談ですが、今は、アートメイクとかいう刺青メイクで、眉とか描いたり、
口紅の色をつけたりしている人もいて、プールで顔をタオルでゴシゴシしてても
落ちてなくて、すごっ…と、驚く事もあったけど、あれは金属の粉を入れたりするので、
MRI(磁器共鳴装置)に、かかれなかったりするそうです。
最近では、植物の色素を使うようになったと聞きましたが、あまりお薦めではないですよね。
ご存知かもしれないですが、タトゥーは勿論駄目!
MRIにかかると、皮膚が爛れてしまうらしいです。

>その後、レーザー治療を何回もやって痣は殆んど目立たなくなりました。年賀状には「今度、いっしょに海に行こうね」って書いてありました。

そうですか。。良かったですね。
私の同級生も、勿論カバーマークを使用したのですが、
皮膚科か形成外科で薄くしたそうで、同窓会にも薄化粧で来ていました。



☆スピンさんへ No2

2006/8/24  17:53

投稿者:ほたる

スピンさん、体調は如何ですか〜?。美味しい物、食べられていますか?

>エリザベスサンダースホームと沢田美喜さんのことは知っていましたよ。

スピンさんの方が、きっと私より、お詳しいと思います。。お恥ずかしい。。

>でも、カバーマーク化粧品を日本に輸入するのにも力を注いだ人だったのね。初めて知りました。

はい。原爆乙女の方達が持ち帰った事に注目されたのは、沢田美喜さんだったと習いました。

>大磯の学園にも行った事があるから、ほたるさんがどんな記事を書いてくれるのかとっても楽しみです。

うへーーっ。(あたくしとした事が、お下品だわ)凄いプレッシャーが。。
だけど、私が神父様から聞いた話と、講習会で習った話も、
とっても素晴らしいお話だったから、頑張って書きますね〜。
また、ご意見お聞かせ下さいね。

>顔の痣とかアルビノの人たちが傷つくのは無言の視線。

そうなんですよね。日本は特に、人と違う事に対する視線が冷たいのですよね。

>中学校の時のクラスメートにイチゴくらいの大きさの痣がある子が居たの。中学ではカバーマークをしていて元気な女の子だったけど、小学生の頃は素顔のままで、じっと顔を見られるのが一番イヤで家にばかり居る子だったそうです。

私の中学の同級生にもいました。男の子達が変なあだ名をつけていました。
痛い傷を針で刺すようなことを、団体になると平気で言ったりするのですよね。
子供って特に、肌がきめ細かいし、虫刺されやニキビが1つ出来ても気になるから、
きっと、人ごみには、行きたくなかったですよね。

>カバーマーク化粧品って心の傷に効く薬みたいなものかも知れませんね。

そう、その通りですね。私もそう思いました。


☆スピンさんへ No1

2006/8/24  17:09

投稿者:ほたる

姫様、毎日暑いですね〜。
また、姫んちへ行って、美味しそうなお料理の写真を見ながら、
素麺でも食べようか…と思ってます。ふふふ、バーチャルディナー。。

>ほほぉ、そんな歴史があったとは・・・。

残念ながら、少し前に、オリリー社から、ピアス化粧品のバックアップで、
カバーマークは独立してしまい、「慈愛の灯火」マークは消えてしまいました。
レーザー治療とかが行き届いて、ファンデーションの必要性が減ったみたいですが、
会社が分かれて、商標とか、ややこしいのは、いただけないですよ。

>こう言う風に興味深く語ってもらえたら、ウチの社会おばか息子も
もっと歴史とか好きになれたかなぁ・・・って思っちゃった^^;

あらら、悪魔君は、歴史が好きではないのですか?
私は大好きでしたが、明治維新まで。。
だけど、今は、現代史が大事だよね。
私みたいに、あまり昔の事ばかり話してると、語り部おばさんって、
若者にうっとおしいって思われちゃうわ〜。。

>本当にほたるさんのブログは 読み応えあるわ(うんうん)

恐縮です。ただただ長いだけの時もあるので、お許しを。。

>カバーマークのファンデ、すんごく興味あり(^^)v

そうね〜。舞台化粧には向いていると思います。
ドウラン化粧に近い感じ。。。
立体的メイクにはぴったりですよ。。

>使ったことないんだけど、普段使いにはどうなの〜?

原型のカバーマークは、普段には、少し厚化粧な感じがするかも?です。
でも、最近では、肌に優しい技術は、そのまま生かして開発され、
一般用のリキッドタイプや、ケークタイプのファンデも出ています。
カバーマークはデパートに置かれていて、オリリーは美容室で売っていますよ。
因みに、うちは、ディーラーさんの関係で、基礎化粧はエステ専用用材、
ファンデとかのカラー物は、シュウ・ウエムラを使っています。
和装花嫁メイクのファンデだけは、私の先生のお店から分けて頂いてるのよ〜。

☆ピュアラ姫様へ

2006/8/24  16:53

投稿者:ほたる

コロコロさん、レッドソックス、やっと勝てましたね〜。冷や冷やものでした。

>ファンデーションの歴史に、こんな背景があったとは。。。
正直、驚きました。

そうなんです。沢田美喜さんのお話は、高校時代聞いていたのですが、
この化粧品との出会いは、私にとっても、衝撃的でした。
だから、結構、覚えています。(間違って覚えている可能性もありますが)

>痣を隠すための開発から始まったのですね。

その名前のごとく、カバーマークの歴史はそこが原点ですね。

>法廷でのリディアさんの毅然とした態度、説得力があったでしょうね。

はい。百聞は一見にしかず、法廷の人達は、まさかリディアさんに、
マークがあると思っていなかったようです。

>そのお陰で、課税されず、
多くの人が手に入れられるようになったなんて素晴らしいです。

当時、特にお化粧品なんて、贅沢品でしたから、
マークを隠すのは、贅沢ではないと主張したかったのですよね。
乳癌のオペの後、シリコン入りのファンデーションは、
ワコールさんが、無償に近い価格で提供してくれるそうです。
でも、抗癌剤治療をした人のウィックは、まだ高いのですよね〜。
一度、ウイッグメーカーに抗議した事がありました。
でも、現実はなかなか厳しかったです。

>こういう背景を知ると、ファンデーションの見方が変わるな。
よい話をありがとうございます。でも、よく知ってるなー。

実演を見て、衝撃が大きかったから、余計ですが、
18才頃の記憶って、鮮明ですよね。
今は駄目…1分前の事を忘れています。ちょっと、ヤバイかも?

>ほたるさんが、皮膚科のお医者さん並の知識を持たれている訳も
わかったような気がしました。

あの、、、一応、エステの国際試験も受かったのですが。。
でも、もうすっかり忘れてます。ははは。

>大好きなred soxの6連敗に深く沈んでいたのですが、
なかなか勝ててこなかったred soxの長ーい歴史を思い出し、
見方を変えて暖かい視点を持っていこう、なーんて思っちゃいました。
(毎度の脱線、ごめんなさい!)

もう、コロコロちゃんの頭の中、レッドソックス一色ですよね。
かなり優勝への道程は厳しいけど、応援して行きましょうね。
でも、力入れすぎて、酸欠または、過呼吸とかにならないで下さいよ。

☆コロコロさんへ

2006/8/24  3:13

投稿者:スピン

Ciao ほたるさん

エリザベスサンダースホームと沢田美喜さんのことは知っていましたよ。でも、カバーマーク化粧品を日本に輸入するのにも力を注いだ人だったのね。初めて知りました。大磯の学園にも行った事があるから、ほたるさんがどんな記事を書いてくれるのかとっても楽しみです。

顔の痣とかアルビノの人たちが傷つくのは無言の視線。中学校の時のクラスメートにイチゴくらいの大きさの痣がある子が居たの。中学ではカバーマークをしていて元気な女の子だったけど、小学生の頃は素顔のままで、じっと顔を見られるのが一番イヤで家にばかり居る子だったそうです。カバーマーク化粧品って心の傷に効く薬みたいなものかも知れませんね。でも「プールの授業があるから夏はキライ」って言ってました。ほたるさん、今の化粧品だと泳いでも大丈夫なの?
その後、レーザー治療を何回もやって痣は殆んど目立たなくなりました。年賀状には「今度、いっしょに海に行こうね」って書いてありました。ん〜、私は氷ってる水の上は得意なのに液体の水はちょっと苦手、カナヅチとも言うけど… でも、せっかく誘ってくれたから北極海にでも行こうかしら?

混血児って字を見るとちょっだけドキッとします。私の実家は横浜でも外国人の多い街だったから、小学校の図工のとき先生がこんな話をしていました。「このクレヨンの箱の中の“はだいろ”は一色だけだけど、箱の外にはたくさんの“はだいろ”があるからね」って。肌の色は違っても仲良くしようねって先生のお話がすごく記憶に残ってます。

ちょっと脱線気味だったけど、いつもよりはマシな感じ? まだ、病み上がりで調子が出ませんの。

じゃあね♪ Ciao ciao

2006/8/23  21:49

投稿者:ピュアラ

ほほぉ、そんな歴史があったとは・・・。
こう言う風に興味深く語ってもらえたら、ウチの社会おばか息子も
もっと歴史とか好きになれたかなぁ・・・って思っちゃった^^;
本当にほたるさんのブログは 読み応えあるわ(うんうん)

カバーマークのファンデ、すんごく興味あり(^^)v
使ったことないんだけど、普段使いにはどうなの〜?


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