2006/9/13

2006年9月11日…ボストンの街を歩いて  日記(今日思うこと)

5年前のその日、休日だった私は外出先から帰宅し、その1年前を振り返っていた。2000年の同じ日、私の住む町は低気圧の急激な発達に伴う東海大豪雨に襲われ、知人の家は竜巻で倒壊、1時間に500o近い降水量によって道路が河川と化し、私の会社の建物も浸水。地下室にあったFAX、コピー機、音響設備機器全てが廃棄物となってしまった。それでも幸い地下があったお陰で、1F部分は浸水15cm程度で済み、スタッフ全員の徹夜で泥と格闘の結果、仕事には差し障りが出なかった。お客様の殆どは、会社が水に浸かった事をご存知なく現在に至っている。一方、名古屋市内では、新川という川の堤防が決壊し、多くの方の家が流され避難生活を強いられた。そして、多くの車が廃車となった。あの水害から1年経ったなぁ、今日は何事もなく終わりそうだ…と思った矢先の事だった。ニュースの映像は、まるで映画の世界を彷彿とさせ信じ難かった。私はすぐボストンの知人に電話をかけた。
クリックすると元のサイズで表示します ニューヨークでは、ビル跡地に追悼の意味を込めた
2本の光が、朝まで灯された。


ボストンでは、情報が氾濫し、一時期、ハイジャックされた飛行機は11機にも及ぶのでは?とも言われていたそうだ。「ボストンも狙われる。カナダへと避難するように」…。知人の職場ではそんな通達もあった。深夜になって従姉から電話があった。渉外弁護士のご主人(T氏)がニューヨークに出張していて、「携帯電話が通じない。ほたるちゃんからも電話してみて」という内容だった。T氏の仕事仲間の勤め先は、ワールドトレードセンタービル脇の建物の中にあった。「朝だから、まだ行っていないと思うけど」。従姉の声は震えていた。朝方になって、私がかけた電話が通じた。T氏は、2キロ離れたホテルに滞在していて無事だったが、爆風と共に粉塵が襲ってきて、「ホテルは凄い事になっている」と話してくれた。T氏の元同僚の方も出勤前で無事だったが、その方のオフィスのあった建物はトレードセンターのビルの倒壊に伴い、瓦礫の中に埋まってしまったという。

建物に飛行機が突っ込んだあの衝撃的な映像の後、更に予想を超えてビルが倒壊。その時、建物の中では多くの警官、消防士さん達が、救助活動を行っている最中だった。今秋封切りになる(10月7日公開)の「ワールドトレードセンター」は、その瓦礫の中から、最後に救助された、NY港湾警察のジョン・マクローリン氏と、ウィル・ヒメノ氏を描いた実話に伴う映画だそうだが、真っ先に救助に向った…勇敢な人達の殉職がまったくもって悲しい。私は2003年、ニューヨークを訪れた時、マンハッタンのバッテリーパークにある慰霊塔に手を合わせた。当時NYで売られていた絵葉書には、まだ2つのビルがそびえたままだった。例えようの無い重い気持でNYの街を歩いた記憶がある。あの惨事から5年…。NYから北へ飛行機で1時間のボストンの街は、何事も無かったかのように通常行きかう人達で溢れていた。ただ1つ、街の彼方此方に建てられている国旗掲揚塔は、半旗とされていて、亡くなった方々と遺族の方達への弔意を表していた。
ハーバードメディカルスクールの半旗。クリックすると元のサイズで表示します

NYでは、ビル倒壊の跡地「グランド・ゼロ」へ多くの方々が訪れたそうだ。しかし、更地となったその土地には、まだ、有害な粉塵が残っているという。実際に、マウント・シナイ医療センターが2002年から2004年に行った調査では、「グラウンド・ゼロ」で作業した約9500人の内の約70%の人から、塵肺異常が見つかったそうだ。遺族の方達の深い悲しみの上に、新しく加わった被害。あの人災はいつまで爪痕を残し続けるのだろう。そう考えながら街を歩いていると、ショッピングモールの電気屋さんのTVでは、米大統領の演説が流れ、「テロ組織と戦い続ける」と宣言していた。また同じ日、国際テロ組織からは新たなテロ計画の声明が流され、日本時間の12日夜には、映画「エデンの園」の舞台となったシリアの首都、ダマスカスの米大使館が襲撃されたという。武力に対しての武力行使は、新たな戦いを生み武力の連鎖反応を誘う気がした。

また、1年前の8月末から9月にかけて、アメリカ南東部は、ハリケーンに次々と襲われ、多くの被害を出し、自然の猛威の前に、人間の無力さを痛感させられた。アメリカ国内では、このハリケーンの被害と同時多発テロの被害を比較の対象とされて来たが、ハリケーンの後も救助に向った警官や消防士さんに、その過酷な救助活動ゆえの深刻な被害が出たという。温暖化が進み、ハリケーン(台風)が大型化しやすい状況は、世界規模で更に深刻化している。自然の猛威もまた、情け容赦なく私達人間を襲い続けるのだ。本物の強い国=武力の強い国…なのだろうか…?。改めて考えさせられた1日だった。

◎映画「ワールドトレードセンター」公式サイト
http://www.wtc-movie.jp/top.html
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2006/9/19  16:13

投稿者:ほたる

>昨日、オーム真理教・松本智津夫被告の死刑判決が確定しました。

そうでしたか。。ニュースもチェックしていなかったです。
だけど、肝腎な事が曖昧なままのイメージが残ります。

>地下鉄サリン事件等の被害者に対する「犯罪被害者等給付金」の支給は僅か2名。その他の援助はほぼ皆無です。

そうだったのですか!?存じませんでした。
私は、あの時、「アウトブレイク」という映画の影響を受けていて、
細菌兵器かと思いました。
目に見えないものに襲われる恐怖をつくづく感じていたのですが、
その後も、大事な人を亡くした方の心の痛みと、
後遺症に苦しんで居られる方達が多いのに。。
何故?と改めて、疑問を感じましたが、
その事を一国民として知らなかった事も恥ずかしいと思いました。

>一方9.11テロでは基金が設立され死傷者に対する補償総額は70億ドル以上で、1人平均1億円以上が補償されています。人の命をお金で計る事は出来ませんが、国民を守る事が最大の使命であるはずの我が政府の姿勢には疑問を感じています。

仰るとおりです。首相が代わるこの時期、そういう事を考えてくれる人が、
次の政権を担って欲しいのですが。。厳しいでしょうか。。
私自身がまず、自覚が足りませんでしたが、
政治を司る人達にも、しっかりと考えて頂きたいです。

>追伸:ボストンは急に秋になったみたいですね。早く風邪を治してボストンの秋を楽しんで来てください。

ありがとうございます。
性質の悪い風邪が流行っていたようで、頂いてしまいました。
でも少しずつですが、快復して今、リハビリという感じです。
窓から眺めている空は、日本の秋も同じでしょうけど、
青く澄み渡って高いと感じます。風邪は辛かったですが、
色々な事を考えられる時間が頂けた事には、有り難いと思いました。
スパイラルさんも、ずっとお忙しいのですよね。どうぞご自愛下さいね。

◎私も追伸です。
スピンちゃんの、モドモアゼルぶり…御報告を楽しみにしています。
きっと、もっと元気にして頂けるのでは…と信じています。。


☆スパイラルさんへNo3

2006/9/19  16:11

投稿者:ほたる

>そして、NYでは誰もが消火される事を信じていたWTCが相次いで崩壊。現場で活動をしていた千名以上の消防士の内、約1/3の方が犠牲となります。

ドキュメンタリー番組で観た記憶ですが、助かった人達が、すれ違い様に、
声をかけながら、階段を登っていった消防士さんの事を話していました。
まさか、ビルが崩壊するとは…予測ができなかったのでしょうが、
その方達の殉職の知らせは、更に辛いニュースでした。

>しかし、世界最強を誇る米軍が被害者救出に当たる姿は見られず、米国の危機管理の在り方に疑問を感じました。それは昨年のハリケーン・カトリーヌの時も同様です。

そうお聞きすると、確かに…ですね。軍の組織や軍備をもって対応すれば…と
私にとっては、今更ですが、考えさせれらました。

>その後、米国では「反テロ法」である「愛国者法(Patriot Act)」が成立。国家による個人のプライバシー侵害を合法化し、「自由を守る為」に個人の自由を放棄させるものでした。

5年経っても、何か違う方向に進んで来ていると感じるのは、そういう事なのですね。

>テロリズムの語源はフランス語の“Terreur(恐怖)”。反対者を抹殺する「恐怖政治」を意味します。

勉強になりました。…となりますと、目には目を…テロにはテロみたいな事に
結果的に、お互い様みたいに(表現が不適切かもしれないですが)なってしまっているのですね。

>また、何時しかWTC跡地を「グランド・ゼロ」と呼ぶようになりましたが、それまで「グランド・ゼロ」と言えば広島・長崎の爆心地を指していました。やはり原爆は戦争の名の下に行われた「テロ」だったと思わざるを得ません。

そうですね。確かに、ゼロです。核の跡地は草木も生えないと言われていますもの。。


☆スパイラルさんへ No2

2006/9/19  16:10

投稿者:ほたる

スパイラルさん、いつもながら含蓄の深いコメントをありがとうございました。
お忙しい中、書いて頂いたにも関らず、お返事が遅れてごめんなさい。

>あの日、私はワシントンD.C.に居ました。

スパイラルさんも、アメリカ国内にいらしたのですね。
ご帰国されるのにも、ご苦労されたのでは?とご推察します。

>WTCサウスタワーに2機目が激突した数十分後、ポトマック川対岸のヴァージニア州アーリントン方面に黒煙が立ち昇るのが見えました。ペンタゴン(DoD)に3機目が激突していたのです。

スパイラルさんも、実際にその黒煙をご覧になっていたとは…。
まこさんのコメントとともに、思わず絶句してしまいました。

>DoDは対岸とは言え合衆国の中枢が在るナショナルモールとは目と鼻の距離。更にDoDのすぐ南にはナショナル・レーガン空港があり、普段でも低空を航空機が離発着しています。次はホワイトハウスかキャピタル・ヒル(議事堂)との不安が過ぎります。

そうでしたね。私はテレビのニュースを観ていたに過ぎないですが、
次は何処が狙われるか?とニュースの解説者も動揺していた記憶です。

>米国の航空定期便は1日約4万。その時間帯には4千機近い航空機が全米で飛行中でした。まもなく飛行禁止命令が出されますが、11機とは交信不能でハイジャックされた可能性が有るとの情報にD.C.でも緊張が高まって行きました。

確か、11機がハイジャックされているかも?という情報があったという、
私の記憶は、間違っていなかったのですね。それにしても、4千機とは…。
スパイラルさんのコメントに、改めてアメリカの航空便が、
いかに多くの人々の移動手段になっているかを改めて認識させて頂きました。



☆スパイラルさんへ No1

2006/9/19  8:34

投稿者:ほたる

>PS:つい長くなってしまいました。

いつも、考えさせられる思慮深いコメントをありがとうございます。

>ところでもしまだでしたらぜひオススメしたいのですが、
チェリーストーンとリトルネックを食べたことありますか?
生の貝がお好きならぜひご賞味ください。おいしいですよ。

チェリーストーンは、蛤の生ですよね。頂きました。美味しかったです。
リトルネックはまだなので、近いうちにチャレンジしたいです。
それより、風邪の完治を目指さねば!自分が応援に行かないと、
レッドソックスは勝たない…なんて馬鹿な事を思っている私でした。
(しかし、今までの観戦例では、負けが一割しかないのですよ〜)



☆KEYさんへ No3

2006/9/19  8:33

投稿者:ほたる


>イラクの人たちがいっていたことを思い出します。
「アメリカの人たちはこうやってイラク戦争がおきていても
911の記念日などで思い出すくらいでその後の生活は
爆撃を受けるわけでも、内戦におびえるわけでも、失業に
苦しむわけでもない。でもイラクの私たちは生活が一変した。
毎日爆撃におびえ、治安の悪化に苦しみ、経済制裁の影響も受け、
就労もままならない状況だ。なぜ我々だけなのか。」

大国だからこそ、遺族に対しても保証する力があるわけですが、
大国だからこそ、決してしてはならない事もあると思います。
戦火に包まれた国の人達の気持ち、大国の舵取りを握る人達が理解するべきだと思います。

>このことを多くのアメリカ人はどう考えるでしょうか。

これは、戦争を写真で伝え続けて来たオダネル氏にも通じると感じますが、
報道のあり方にも、問題がある気がします。でも、何処にも圧力はあるのですよね。
アメリカの人達も、真実を知れば、
きっと敵対している国の人達の気持を、解るのではと、私は思います。
人間って一対一なら解り合える事が多いのに…何故?といつも疑問に思います。

>そしてイラク戦争に、航空自衛隊の派遣などで協力し続ける
日本という国の国民である我々も考えたほうがいいと思います。

そうですね。日本の政治姿勢には、がっかりしています。

>1年に一回だけ思い出すのではなく、常に。

はい。心にも体にも、傷を持った人の痛みは毎日の事ですよね。
忘れてはいけないと感じます。

>この件で書いているとついついアメリカに対して
怒りがこみ上げてきます。「なんでお前らだけ身勝手な
理屈で行動してるねん?」と。そしてそれにご追従している
日本が情けなくなってくるのです・・・

でも、どうでしょう。少しずつ、自分の意見をしっかり言う人が増えている気がするのです。
まだまだ、様々な圧力があると思いますが、溢れる情報の中から、
自分で考え、意見を持つ…例えばKEYさんのブログを読んだ人達とか、
増えていると思います。



☆KEYさんへ No2

2006/9/19  8:31

投稿者:ほたる

KEYさん、続けてコメントを書いて頂き、どうもありがとうございました。

>911関連の番組は日本でもNHK・BSを中心に盛んに
放映されています。

そうですか。。私も此方のTVを観ましたが、如何せん英語力の無さが情けなく、
映像のみからの理解でした。

>この事件が端緒となってアメリカはアフガニスタン、イラクに
「侵略」したわけですが、その正当性を問う姿勢のものが
盛んに報道されるようになりました。

これだけ続くと、正当化し続けられないですね。犠牲者の方達もきっと違うと訴えている気がします。

>一方でアメリカ政府のいう「侵略」の正当性を信じ、派兵を
中止すべきではないという人々の声もきかれます。

そうですか。。

>ただ私はここで根本的な疑問が起こるのです。
911犠牲者の遺族の一人はこういっていました。「アメリカが
攻撃されたのだからイラクに侵攻するのは当然の権利だ」と。
しかしその権利が認められるなら、イラクやアフガニスタンで
アメリカの空爆などで家族を殺された遺族たちが「こっちが
攻撃されるのを防ぐためにアメリカに侵攻するのは当然だ」といっても
それを否定できないはず。


はい。双方、言い分があるのですよね。

>つまり憎しみの連鎖はメビウスの環のように、断ち切らない限り
終わりはないのです。

仰る通りです。私は痛みがどこまで解っているかと聞かれると言葉をなくしますが、
憎しみの連鎖ほど、悲しいものはないと、これだけは言えると思います

☆KEYさんへNo1

2006/9/19  7:50

投稿者:ほたる

>これが自然災害であれば、おそらく暴動が起きたでしょうが、アメリカは敵がはっきりすると怒りの矛先は一本化します。案外みんな落ち着いていました。

そうでしたか。。そういうものなのですね。

>当時は、嘘かマコトか、あらゆる噂が飛び交いました。ボストンのハーバードかMITに、爆弾を積んだトラックが突っ込むという噂もありました。軍の象徴であるペンタゴン、そして経済を象徴するワールドトレードセンタービル、そして、結局、攻撃を受けなかったけれどホワイトハウス、最後に「知」を象徴するハーバード、MITが狙われていたのだと言っていました。

はい。仰るとおり、ボストンは狙われると報道されたようですし、
実際に大使館からの避難通達もあったようです。
私が驚いたのは、私が初めてボストンに行った時、その半年前ですが、
コプレイのマリオットホテルに泊まったのです。
テロリスト達は、マリオットの隣のホテルに滞在していたとかで、
見慣れた景色、そして自分が通ったローガン空港が写った事でした。
ボストンのローガン空港は、博識な人達が利用するせいもあって、
チェックが甘い…と従姉から聞いていたのですが、まるで電車に乗る感覚で、
保安検査が甘かったので、いいのかなぁ?と感じた自分も居て、ぞっとしました。

>あのできごとから5年、またもニューヨークに来るとは思ってもみませんでした。

その時からは想像もつかれないですよね。私もローガン空港に行く度、不思議な気持がします。

>いつも政治の犠牲になるのは一般市民です。

はい。弱者ばかりですよね。そして、勇気のあった消防士・警察官の人達の犠牲も悲しいです。

>朝から放送されたセレモニーで、1人1人の名を呼びかけながら、延々と続いた献花の列は、5年の年月を一気に埋め、人々の悲しみを新たにしていたと思います。

風化させてはならない想いですね。私達も本当に微力ですが、書き記して行くべきだと感じました。
まこさん、拙宅のコメント欄に、貴重なお話を書いて下さって、本当にありがとうございました。


☆まこさんへNo2

2006/9/19  7:48

投稿者:ほたる

まこさん、貴重な体験談、ありがとうございました。
改めてまこさんのブログの赤い蝋燭の意味、考えさせられました。

>思い出したくない記憶ですが、、、ちょうどあの時、マンハッタンにいました。ソーホーの友人宅に滞在中にあの出来事が起きました。

うわっっ。凄い。あの光景を間近でご覧になったのですね。

>友だちにたたき起こされベランダに出てみると、人々の叫び声とともに目に入ってきたのは灰色と黒い色の2色に色分けられた煙でした。

まこさん、辛い思い出を思い出させてしまいましたか?書いて頂いて光栄ですが、
何だかコメントを読ませて頂いて申し訳ないくらいにリアルで、鳥肌が立ちました。

>雲ひとつなく青々とした空に不気味に立ちのぼっていました。どーん、どーんという音は、1日中途切れるとはなく、人々を脅かしていました。膝が震えるくらい怖いはずなのに、口をついて出るのは「嘘でしょう?」ばかり。これは現実に起きたことではなく、映画のワンシーンなのではないかという気がしたくらい思いも寄らない出来事だったからだと思います。

テレビ越しで観た私達でも、信じ難かったのですから、その場にいらしたまこさん達は、
想像を絶する想いだったですよね。嘘であって欲しかったですよね。ホントに。

>結局、滞在は2週間伸びて、やっと帰国の途につきました。いつもならば飛行機の中では爆睡する私ですが、このときは一睡もできませんでした。

そうでしたか。。
星野富弘さんもアメリカにいらして、滞在が伸びたと新聞に書かれていました。
私の従姉のご主人は、仕事柄、保険とかの調査の関係もあって
特例でJALの用意した飛行機で帰国しました。その後、相当過酷に忙しかったようで、
体を壊したと聞きました。今は粉塵を吸った後遺症が無いか心配です。


☆まこさんへ No1

2006/9/19  7:26

投稿者:ほたる

rikuさん、こんにちは。素晴らしいコメント…(いつも…素晴らしいですよ)ありがとうございます。

>9.11忘れることの出来ない日になりましたよね。
あの日から、テロとの戦いが始まってしまったわけですが、「テロ」を指す相手とは?いったいどこの国?誰?のことを指すのでしょう。

確かに、仰る通りですね。
私達が習った日本史が他の国のとらえ方では違うように、
反対の立場もあることを考えなければいけないですね。

>アメリカからみれば、ビンラディン(アルカイーダ)になるのでしょうけど、アルカイーダからすれば、アメリカもテロ国家になるのではないのかな?と。

はい。それぞれの言い分もありますが、武力行使は同じ事だと私も思います。

>いすれにせよ、それぞれの思惑や自我などのぶつかり合いであったような気がします。

そうですよね。痴話喧嘩じゃないのですから、もう少し相手の立場や気持を考えるべきですよね。

>恐らく、自国の利益が。。。なんていっている間は、この地球上から戦争はなくならないんでしょうね。

古臭い言い方ですが、損得は、あくまでも人間のものさしで、
神や仏は違うはずですし、人の心にも、損得以外の綺麗なものがあると思いたいですね。

>でも、戦争よりも恐ろしい地球温暖化という現象に関しては、世界中が一致団結して取り組まなければならない問題ですので、近い将来、自分の国がどうのこうのなんていう余裕はなくなっていってしまうんでしょう。

そうなんです。極端な事を言うと、宇宙の何処かから攻撃があっても一致団結するのですよね。
でも、そういう事がないと団結出来ないのも、悲しいことです。
地球温暖化も、人災の一部ですが、本当に怖いと思いますし、
また、ウイルスとかの微生物も、物凄い生命力をもって、人間を襲うと思います。
武力にお金をかけたり、知恵を使うより、もっと、するべき事がある気がしますよね。

>きっと、そのときにこそ、バラバラだった世界が1つになるような気がしています。と、少しマジメにコメントしてみました。かしこ。

ありがとうございました。お返事が遅れてごめんなさい。また、お待ちしています。


☆rikuさんへ

2006/9/19  7:11

投稿者:ほたる

ぼくあずささん、お元気ですか?私は、また風邪をひいて、今度は長引きました。疲れがどーっと出た感じですが、反対に日本だと休めないので、開き直って休ませて頂いています。

>世界貿易センタービルは今やグラウンドゼロ。25年ほど前に初めて大西洋を渡りNYに着いた翌日、オノボリさんのエンパヤステートビル詣、遥か先にツインビルを見た。

そうですか。アメリカ経済の象徴として2つのビルがそびえ立っていたのですね。
私は、無くなってからしか行っていないので、心残りではありますが、
反対に、無くなってから行った事にも意味があると、その景色を心に刻んでいます。

>ビルに2機の旅客機が突入するテレビ画面に秋留野上空で撃墜され、主翼を捥がれたB29が二重写しになった。

うわっ、ぼくあずささんは、その光景をご覧になっていたのですね。
そのB29にも、人が乗っていたのですよね。そんな記憶是非、語り継いで下さいね。

>NYに住んでいた友人二人に電話して無事を確認。

ご無事で何よりでした。私も従姉のご主人となかなか電話が通じず、心配でした。

>あれから5年の刻の経過。米国によるアフガニスタンとイラクへの攻撃。テロの頻発。中国の勃興。朝鮮半島の流動化。比叡山での世界宗教家会議。人の殺合いは終わらない。

どうしてなのでしょうね。他の人の悲しみを分かち合う心があるなら、こんなはずではないのに。。
私は、人間って捨てたものでは無いと信じていたいです。。
今から5年後には、きっと違う全ての人に今より平和な未来があると信じたいのです。

>ほたるさんの記事を読んで考えさせられました。

こちらこそ、ありがとうございました。


☆ぼくあずささんへ


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