2006/9/16

野球の聖地「クーパースタウン」殿堂と博物館No1(日本選手編)   Boston Red Sox・MLB

ボストンから400キロ、NYからも370キロ離れた人口約2300人の街…クーパースタウン、この小さな田舎町で1839年、ルールに則った最初の野球が行われた。それを記念しこの地は、野球の聖地とされ、野球殿堂と博物館が建てられた。このクーパースタウンという街には、ベースボールというスポーツの栄光の歴史が詰まっていて、野球をプレーした事のある人、野球関係者、そして野球ファンの憧れの地だそうだ。私はボストンから当初ニューヨークを経由して訪れる予定だったが、ボストン⇒クーパースタウン。ニューヨーク⇒クーパースタウン。ボストン⇒ニューヨークの距離が正三角形のように殆ど同じである事から、ボストンからのツアーを組んで貰い足を運んだ。9月15日7時30分、まだ風邪が完治していなかったが、防寒対策はしっかりとして、御迎えの車に乗り込んだ。車が高速を走らせて約4時間、高速を降りて静かな牧場の景色を通り抜けると、そこに野球の聖地、クーパースタウンがあった。
クリックすると元のサイズで表示します 野球殿堂・博物館玄関。

そこは街全体が野球のおとぎの国のようで、僅か1キロ足らずのメインストリートには、野球関係の骨董品屋さんや、バット制作を受注する店などが並んでいた。私は、オツェゴという湖の傍でお弁当を食べ、まず第一目的地の野球殿堂へと向った。(街の創始者、ウィリアムス・クーパーは、映画「ラストオブモヒカン」の原作者の父で、街造りはオツェ湖から始まったとされている)。チケットを受け取って野球殿堂の中に入ると、まず、左手にベー・ブルース、右手にはテッドゥイリアムスの像がバットを持って出迎えてくれた。鳥肌が立つ程の緊張感が走った。野球を愛する人なら誰もが憧れる地、今自分がその場に立っていること自体が夢のような感じがした。1Fには、メイン展示場として、メジャー選手誰もが憧れる、殿堂入りした選手達のレリーフが飾られて居り、往年の名プレーヤー達の顔を観る事が出来る。私にとって名前も知らない選手も多かったが、残した記録の凄さには圧倒された。(殿堂入りについてはまた別の日に書く事とする)
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入場チケットと手のスタンプ  クリックすると元のサイズで表示します

さて、まずは、野球博物館として、この館に展示されている日本人関係の品を写真と共に紹介したいと思う。館を2Fに上がるとベーブルースの部屋が設けられており、その奥には、投手の名誉「ノーヒット・ノーラン&完全試合」のボールが展示されているコーナーがある。そのコーナーには、1995年6月3日、モントリオール・エキスポスのペドロ・マルチネスと、1996年9月7日、ニューヨーク・ヤンキースのデビット・ウェルズの間に1996年9月17日、当時ロサンゼルス・ドジャーズだった野茂英雄投手の写真とボールが展示されていた。更に野茂投手は2001年4月4日、ボストン・レッドソックスに移籍し再びノーヒットノーランを記録し、同じ月23日の記録したチームメイト、デレク・ロウ投手の写真・ボールと共に展示されていた。1度の達成でも偉業な事である上に、アメリカンリーグ、ナショナルリーグの両リーグで達成したのはノーラン・ライアンとサイ・ヤング、ジム・バニシング、野茂投手のみで、大変名誉な事だと改めて野茂投手の偉大さに溜息をついた。
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野茂投手の写真と記念ボール クリックすると元のサイズで表示します

3Fに上がると様々な記録の部屋があり、イチロー選手がシスラー選手の年間ヒット総数記録を破った時のバット、ユニフォームが展示されている。入館して歩いていると、他の来場者も係員の人も、私が日本人と判ると「イチローコーナーへ行くように」と指示してくれる場所だった。そしてワールドシリーズチャンピオンリングが並んだコーナーを過ぎて奥へ進むと、いよいよワールドベースボールクラッシックのコーナーがあった。優勝メダル、松坂投手のユニフォーム、イチロー選手が被った帽子、応援の国旗等の展示と、トロフィーを持った松坂投手のポスター、そしてその優勝を報道した日本の新聞も展示されていた。隣には2位となったキューバチームの選手サイン入りユニフォームやボールも飾られていた。ルールはどうあれ、何と言ってもWBCのコーナーに、第1回大会優勝の日本チームの品々が置かれているのは、感動の極みであり、半年前の優勝シーンの瞬間が甦った。
 クリックすると元のサイズで表示します WBCの記念品の品々

このように、ここを訪れた誰もが、野球を通じて過去の思い出に帰る事が出来るのだ。だからこそ老若男女問わず、各々がそれぞれの楽しみ方が出来るのだと思った。因みにイチロー選手はこの殿堂を2度訪れているそうだ。1度目はメジャーに入り、シューレスジョー・ジャクソンの新人安打記録を破った時で、この時は、ジャクソンのバットを特別に出して貰い素振りをして今後の活躍を誓ったという。2度目は2004年、シスラーの年間ヒット記録を破った時…。イチロー選手の活躍ぶりからするとまた近いうちの3度目の訪問がある気がした。尚、2週間程前、日米高校親善野球で、斎藤祐樹投手らもこの地を訪れ、記念のバットを置いていったと報道されていたが、フロントで「何処に展示されているか」と尋ねると、何とまだ展示には至らず倉庫の中だそうだ。斎藤祐樹投手や田中将大投手達が活躍して、そのバットが晴れて展示される日が来る日を願いたいと思った。
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2006/9/20  0:23

投稿者:ほたる

みきさん、ご心配ばかりおかけしています。今回、ニューヨーク市街へ行けなくて、
とっても残念でしたが、次の楽しみに、また、帰国したら仕事、頑張ります。

>ほたるさん、風邪は大丈夫ですか?

正直言いまして、こんなに長引いたのは始めてで、
それも仕事をしている訳でもないのに、情けないです。
本当に、体力が弱っていたのだ…としみじみ感じました。
もう少し、自分の体のセンサーには敏感になるべきですよね。

>野球の殿堂、すごい迫力ですね。

はい。まだまだ、書きたい事も山盛りですし、私が見逃している事もそれ以上にあると思います。
もっと英語の読解力があれば、尚価値の高さが伝わる気がして、
私には、豚に真珠、猫に小判という感じもして、申し訳ないような気持になりました。

>野茂の仏頂面はちょっと笑えますが、やっぱりすごいんですねえ。

ドジャーズ時代の写真は、いい笑顔ですが、
レッドソックスの時の写真は、ホントそうですよね。彼らしいですが。。

>日本人として嬉しいです。

はい。殿堂の厳粛さを味わえば味わう程、その偉大さを感じますよね。
WBCも物議を呼びましたが、優勝したという軌跡は、この地で改めて名誉だと感じました。
この後、WBCが開催され続けたら、次のチャンピオンの国がまた飾られるのか…と
思うと、その重みを感じました。そして、王監督には元気になられて、
是非また、この地を訪れて欲しいと…願っていました。

みきさん、少しずつ、元気になっています。
本当にいつも気にかけて頂きありがとうございます。
本当は、今夜、ナイター観戦したかったのですが、今夜は自粛しました。
明日、と明後日、行けたらいいなと思っています。
あっ、お魚…昨日、食べましたよ。
やはり、こういう時、さっぱりした物が食べたいですね。
みきさんも、どうぞお元気でいて下さいね。

☆みきさんへ

2006/9/20  0:05

投稿者:ほたる

>では、Have more great days in Boston !

ありがとうございます。風邪薬で胃が弱っているようで、少し食欲も落ちているのですが、
リトルネックには執着しています。食い意地が有る限り、復活は?近いようです。

>※豪華な腕時計ですね(笑)
これを早く訂正したかったです(笑)豪華に見える時計の間違いです。

この時計、大きいので見やすいのですが、
よく使っている時計は、(それでも普段は仕事柄着けてていないので)
出国直前に電池切れに気付いたのでした。。
時計も好きで何個か持っているのですが、電池交換を一緒にしたので、
同じ時期に切れていました。まともに考えれば分るのに馬鹿丸出しでした。
そういえば、更に馬鹿な話ですが、伯母がくれたロンジンの時計(形見となってしまいました)
てっきり、自動巻きだと思って一杯振っても動かなかったので、
勝手に故障だと判断して、時計屋さんに持ち込みました。
もう落ちはお解りと思いますが、実は手動式で、
時計屋さんも苦笑い…せっかくだからと巻いて下さいました。ま、私は、いつもこんな感じです。
ですから、KEYさんの鍵事件には、親近感が沸きました。(失敬!)


☆KEYさんへ No5

2006/9/20  0:02

投稿者:ほたる

>そう考えると日本の野球殿堂は、東京ドームの片隅に申し訳ない程度の規模でしかないということからも、否が応にも日米の野球の歴史に対する態度がうかがえるような気がしてならないです。

そうですね。私は東京ドームへ行っていないのですが、確かに独立した博物館がないですね。
後は個人の記念館が建てられる人は建てているだけですよね。

>野球に限らず、社会全体で歴史に対しての認識が決定的に違うのかな、とそんなことも考えてしまいます。

スポーツに対しては特に…ではないでしょうか?
それに絵画とか書などの芸術品も、実に国外流出が多いですよね。
その上、国外の方が大切に保管されている気もします。
行きたいと願っているだけで、まだ、ドイツのベルツ美術館には行けていないのですが、
ボストンのボストン美術館へ行っただけでも、痛感しました。
日本の意識ってあまりに流動的というか、熱し易く覚め易い感じが強いですね。
子供達も今の事には詳しくても、古い事はダサイと言う感覚で歴史には興味がない感じです。

>(野球に話を戻せば、なぜ開幕戦などの始球式で、過去の名選手や地元に関係のある人が投げないで、単なる話題作りでしかない芸能人などにやらせるのか、私にはさっぱり理解できないです)

ごもっともです。記念というより話題づくりが先行していますよね。

>またもや一気に長いコメントを一気に書き上げてしまいました。テレビではボストン2−1でリードで気分もよいです。

この試合は負けてしまいましたが、後は勝ちましたね。
レスター君のゼッケンと名前のついたリストバンドをして選手達がプレーしている姿に、
奇跡が起きるような気がしましたが、今年のプレイオフ進出は厳しいですね。
でも、残りの試合、2004年の王者らしい試合をしてほしいと思います

☆KEYさんへ No4

2006/9/20  0:01

投稿者:ほたる

>ある番組で「フットボールやバスケットボールのファンは、比較的記録には疎い。ところが野球ファンは1941年がディマジオが56試合連続試合安打を打ち、テッド・ウィリアムズが打率.406を打った年、1947年はジャッキー・ロビンソンが黒人初の大リーガーとなった年、などという歴史にめっぽう強い。

そうです。確かに、真の野球ファンの方って歴史的数字に強いです!

>これは祖父から親へ、親から子へ、というように野球という世襲財産を語り継ぐ上で大きな役割を果たしているのだ」という言葉を聞いたことがあります。

なるほど。。キャッチボールをしながら、語り継がれている光景も浮かびますね。

>クーパースタウンを訪れたときには、そのようなことを思わずにはいられませんでした。
(いかがでしたか?)

私は、前記しましたが、興奮して地に足が着いていない感じで、そんな余裕も無かったです。

私は実の父を早くに亡くしていますが、その父が田淵選手のファンだった事は、
子供心に鮮明に覚えています。
妹や弟は、もっと幼くて記憶がないそうなので、私は恵まれていたなと感謝するとともに、
父の思い出を話すべきだと感じました。どうしても妹と弟には悲しい思い出ばかりのようで、
避けてきた話ですが、私が父親から貰った私にとっての無形の財産を、少しずつ話したいと思いました。
妹にメールを書いてみました。ブログの事は丸秘なのですが、
父親の事をアメリカで思い出したと書いたら、
妹が中学校の時に書いた俳句を思い出したと返事を返してくれました。
「星見ては、今亡き父を思い出す」
妹は気丈な子で、弱音を吐かない子でしたので、こんな俳句を詠んでいたとは知りませんでした。妹のそんな部分を知れたのもKEYさんのコメントのお陰です。
妹のメールは、辛かったからこそ、忘れてはいけない事もあって、思い出を封印するのではなく、
その時、助けて下さった人達に感謝したい…と結ばれていました。ありがとうございました。



☆KEYさんへ No3

2006/9/19  23:59

投稿者:ほたる


>殿堂の間に入ると、キャットフィッシュ・ハンターが亡くなった直後で、彼のレリーフには花が掲げられていたのがとても印象的でした。同じ年の5月に亡くなったジョー・ディマジオのところには、もう花はなかったですが。

そうでしたか。。あの殿堂入りのレリーフのある部屋は、神聖な気持になれますね。
他の部屋は、少し遊び心があるテーマパークのイメージもあったのですが、
あの場所には、凛とした静けさがあって厳粛な雰囲気でした。

>私はここへは父親と訪れたのですが、野球の世界を教えてくれた父と、野球の財産を語り継ぐこのような場所を訪れたことができたことは、かけがえのない思い出です。もっとも父にはこのように考えたことは伝えていないですが。

素晴らしいお父様との思い出を書いて下さり、感動して涙が出ました。
近くにいるとなかなか伝えられないでしょうけど、いつか、お父様に話して欲しい気もします。
でもきっと、お父様も、同じように息子と行けた思い出として大事になさっているのですよね。
大人になってから、親子でそういう思い出が造れるって素晴らしいと思いました。
殺伐としたニュースばかり読んでいて、また国外にいるせいか、涙腺がゆるんでいるようですが、
このKEYさんのフレーズを読ませて頂いて、心の中に熱いものが沸いて来ました。
何だか、お2人の御姿があの殿堂の中に見えるような錯覚さえしたほどです。
生意気な言い方で申し訳ないですが、
KEYさんの歴史の中で、とっても素晴らしい心の財産だと感じました。
そんなお話をお聞きできて光栄です。大切になさって下さいね。


☆KEYさんへ No2

2006/9/19  23:57

投稿者:ほたる

KEYさん、このコメントは、特に心にジーンと来るものがあって、此方の友人も(コメントは残していないですが)
感動したと話してくれました。
最近、私の記事よりKEYさん始め、皆さんが書いて下さるコメントに感動したというお話しが多く、
アホな私は、すっかり慣れてしまって、向上心が余計失せています。(笑)

>ほたるさん、おはようございます。

日本の巷では、今週末が秋分の日なのですね。涼しくなったでしょうか。。

>昨日のウェイクボード後の筋肉痛と闘いながらキーボードをうっています。

恐縮です。だけど、翌日に筋肉痛が来るとは、お若い証拠ですね。
私なんて、翌々日の事があって、この痛みは何が原因なのだろう?と分らなくなる時もあります。

>私が訪れた1999年のことを思い出しながら文章を読ませていただきました。

1999年ですか。。もう7年前なのですね〜。
でもKEYさんの事、1日でもしっかりとご覧になって来られたでしょうね。
私なんて、興奮して焦るばかりで、見逃した展示物、写真を撮り損ねた展示物が沢山ありました。
かと言ってまた簡単に行ける場所ではないので、後悔しています。

>あのときは9月の下旬、マンハッタンから訪れた小雨交じりのクーパースタウンは、木々の紅葉が秋の気配を十分に感じさせていました。

アメリカの象徴である野球の街なのに、何故か中世のヨーロッパの佇まいを感じさせる景色ですよね。



☆KEYさんへ No1

2006/9/19  22:55

投稿者:ほたる

しのいちさん、こんばんは。
コメントを頂いた時、しのいちさんもアメリカに?と
思えるような早朝の時間で、びっくりしました。
失礼ですが、早起きされたのですか?徹夜なさっていたのでしょうか?

>たしかに野茂は偉大です。

日本人選手が、メジャーでプレーするようになる先駆けでしたよね。
どんな事も、最初の道を開拓するのは並大抵の事ではないですね。

>ひょうひょうとした表情で、やってのけたノーヒットノーラン。

はい。冷静沈着なイメージでした。レッドソックスの時の、インタビューを、
覚えていますが、偉大な事をしたという奢りは全く感じなかったですね。

>今では、日本人選手といえば専らイチローだけど、
忘れてならない存在っすよね。

そうですね。イチロー選手も、また、メジャー選手が選ぶ強肩外野手に
ぶっちぎりの票数で選ばれたり、名誉な記録が増えて行っていますが、
トルネード旋風を起した野茂選手の事、敬意を持って記憶していたいです。
そして、出来るなら、もう1度、メジャーで投げる野茂投手を観たいですね。



☆しのいちさんへ

2006/9/19  22:41

投稿者:ほたる

こひ〜さん、いつも読んで頂き感謝です。最近、体調が良くなくて、
お返事できないだけでなく、更新も怠っていて、情けないです。

>ちなみに野球殿堂博物館ってどれくらいの広さがあるのですか?

手元の資料やサイトには、広さに対する平米とかの記載がなく、例える建物も思い浮かばず、
上手く表現できかねるのですが、建物自体はそんなに大きな物ではありませんでした。
3階建てになっていまして、その造りから、増築を繰り返して来た感じです。
滞在4時間でしたので、観れていない映画の部屋とかも残してしまいました。
展示物の数にしては、かなり狭いという印象でした。
間口は写真を載せていますので、こひ〜さんなら大体の大きさを想像して頂けるかと?思います。
(人が写っている写真を載せれば良かったですね。)

ただ、この街は、この殿堂を中心にメインストリート1キロの範囲で、
野球関連のお店、バットを注文制作してくれる店とか、野球カード、野球の骨董品関係の店とかが、
密集しています。(また、改めて写真を載せたいと思っています)
また、殿堂から500メートルくらい歩いた場所に、1839年、アブナーダブルディという人によって、
世界で初めて、ルールに則った近代野球が行われたとされるダブルディ球場もあって、
ノスタルジックな雰囲気も溢れています。
私が訪れた時は、地元の人達が実際に試合をしていました。
私も全く知らなかったのですが、その球場では、マイナーリーグの試合がよく開催されているそうで、
毎年、夏に開催される殿堂入りのセレモニーの際には、
メジャー球団の試合が1試合だけ開催され、1万人近い人が来るとのことでした。

殿堂の広さの件は、また、詳しい人に尋ねてみますね。

☆こひ〜さんへ

2006/9/18  20:40

投稿者:みき

ほたるさん、風邪は大丈夫ですか?
野球の殿堂、すごい迫力ですね。野茂の仏頂面はちょっと笑えますが、やっぱりすごいんですねえ。日本人として嬉しいです。

2006/9/17  10:19

投稿者:KEY

ほたるさん、おはようございます。

昨日のウェイクボード後の筋肉痛と闘いながらキーボードをうっています。

私が訪れた1999年のことを思い出しながら文章を読ませていただきました。

あのときは9月の下旬、マンハッタンから訪れた小雨交じりのクーパースタウンは、木々の紅葉が秋の気配を十分に感じさせていました。

殿堂の間に入ると、キャットフィッシュ・ハンターが亡くなった直後で、彼のレリーフには花が掲げられていたのがとても印象的でした。同じ年の5月に亡くなったジョー・ディマジオのところには、もう花はなかったですが。

私はここへは父親と訪れたのですが、野球の世界を教えてくれた父と、野球の財産を語り継ぐこのような場所を訪れたことができたことは、かけがえのない思い出です。もっとも父にはこのように考えたことは伝えていないですが。

ある番組で「フットボールやバスケットボールのファンは、比較的記録には疎い。ところが野球ファンは1941年がディマジオが56試合連続試合安打を打ち、テッド・ウィリアムズが打率.406を打った年、1947年はジャッキー・ロビンソンが黒人初の大リーガーとなった年、などという歴史にめっぽう強い。これは祖父から親へ、親から子へ、というように野球という世襲財産を語り継ぐ上で大きな役割を果たしているのだ」という言葉を聞いたことがあります。

クーパースタウンを訪れたときには、そのようなことを思わずにはいられませんでした。
(いかがでしたか?)

そう考えると日本の野球殿堂は、東京ドームの片隅に申し訳ない程度の規模でしかないということからも、否が応にも日米の野球の歴史に対する態度がうかがえるような気がしてならないです。

野球に限らず、社会全体で歴史に対しての認識が決定的に違うのかな、とそんなことも考えてしまいます。

(野球に話を戻せば、なぜ開幕戦などの始球式で、過去の名選手や地元に関係のある人が投げないで、単なる話題作りでしかない芸能人などにやらせるのか、私にはさっぱり理解できないです)

またもや一気に長いコメントを一気に書き上げてしまいました。テレビではボストン2−1でリードで気分もよいです。

では、Have more great days in Boston !


※豪華な腕時計ですね(笑)



http://blogs.yahoo.co.jp/hiroshikey66


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