2007/1/30

湯川秀樹博士生誕100年…ラッセル・アインシュタイン宣言  日記(今日思うこと)

去る2007年1月23日は、中間子理論で日本人初のノーベル賞に輝いた湯川秀樹博士の生誕100年にあたる日だったという。振り返ると2005年の愛知万博…7月8日〜11日に、私は出向く事が出来なかったが、長久手会場のロータリー館で「国際平和美術展」が開催され、湯川博士夫人のスミさん(世界連邦運動協会名誉会長、世界連邦全国婦人協議会会長、WFM名誉会長、)が来館されて特別講演会を開かれた。友人はその講演会に出かけ、湯川夫人は、当時95才とは思えない程に張りのあるお声で「地球平和の為に、50年も前に非核宣言をしたのにも関らず、いまだに核兵器はなくなっていない。核兵器をなくし平和を実現する為には、私達一人一人が自覚し行動する事です」と熱く語って居られたと話してくれた。残念な事に湯川スミさんは、昨年5月胃癌の為、他界されてしまったが、命尽きる最後の時まで、世界平和を訴えておられたという。

クリックすると元のサイズで表示します 愛知博を走るリニモ。

そもそも、スミさんの活動は、湯川博士の遺志を継ぐもので、湯川博士は日本人としてただ一人の「ラッセル・アインシュタイン宣言」の共同署名者でもあった。湯川博士はその署名について「私の本来的性格からしますと、何とか純粋に学問だけしておりたいのです。しかし…科学者として知らん顔は出来なかった」と答えている。「ラッセル・アインシュタイン宣言」 (Russell-Einstein Manifesto)とは、イギリスの哲学者であり、論理学者、数学者のバートランド・ラッセル伯爵と、アメリカの物理学者アルベルト・アインシュタイン博士が中心となった科学者ら11人によって、1955年に提示された、核兵器廃絶・科学技術の平和利用を訴えた宣言文である。そしてその3ヵ月後にアインシュタイン博士が亡くなった事から、アインシュタインが人類に遺した遺言とも言われている。(著名者全員がノーベル賞を受賞)。

非核・反戦について語る湯川スミさん(当時95才)クリックすると元のサイズで表示します

アインシュタインは、ドイツ系ユダヤ人として、ヒトラーが政権を握った1933年にナチス・ドイツを逃れてアメリカへと移民した。その後、第二次大戦が勃発した1939年、ユダヤ人迫害を進めていたドイツが、原子爆弾開発に着手した情報を耳にし、数名の科学者達の代表として、当時のフランクリン・ルーズヴェルト大統領に原爆の開発を進言したという説が残されている。原爆開発に博士の直接的な関与はないとは言われているが、博士のE=mc2という公式で有名な、特殊相対性理論=「エネルギー・質量保存則」は、物質がエネルギーに変換されうる事を示しており、原爆は、正にこの公式の現実化であった。しかし実際に原爆が完成し、日本に投下される計画を知ると、猛反対をしたそうだ。

アインシュタイン博士は、大正11年、出版社の招きで来日し、その航路の途中の船上でノーベル賞受賞の吉報を受け取っていた。そして、約1ケ月半の日本滞在中に、東京・大阪・神戸・京都・名古屋・横浜 等で講演をし、各地で日本人のアインシュタイン・フィーバーと呼ばれる程の歓迎ぶりを目の当たりにした。博士は当時、日本の美しい国土と、純粋な国民性に感動し、大の親日家であった。周知のように残念ながら、原爆は投下されてしまったが、彼はそのニュースを痛恨の思いで聞いていたという。終戦後、やがてアメリカは、ソビエト連邦との冷戦時代を迎える。そこで博士らは、前記した「ラッセル・アインシュタイン宣言」を1955年に提示し、1957年、カナダのバスコシア州で、全ての核兵器及び全ての戦争の廃絶を訴える、科学者による国際会議… 「パグウォッシュ会議」(正式名=科学と世界の諸問題に関するパグウォッシュ会議)を開催した。以降、核戦争の危険とその回避方法に関する運動(パグウォッシュ運動)がアメリカ、イギリス、ドイツ、日本で組織された。この会議自体も団体として1995年にノーベル平和賞を受賞している。
クリックすると元のサイズで表示しますカナダ、パグウォッシュ村の灯台。
(photo by Kenta.Y)


科学開発によって生み出されたものは、ノーベル賞を創設したアルフレッド・ノーベル博士の発明したダイナマイト然り、その使い方如何で、例えば工事現場での岩盤の破壊で作業の効率化をして産業に貢献する反面、戦争に使用され人を殺す兵器として使用されてしまう。戦争に於いても、科学の進歩したゆえに、武器開発が進み、相手を見る事無く差別に大量殺できる…そこに人としての心の関与が少なくなっていったという悲しい歴史を刻んで来た。戦争を始める者は、最前線に居ない者…先週、映画のアカデミー賞作品賞のノミネートされた「硫黄島からの手紙」を観ても痛感した。しかしながら、このように書いている今この時も、戦争は続いている。対テロの「予防戦争」とも呼ばれたイラク戦争も、長引いた結果、米大統領の米軍増派という方針となった。その分、武器開発以外の科学開発費用は、国家予算から大きく削られているという。ノーベル博士、アインシュタイン博士や湯川博士を始め、先人の科学者達の純粋な平和への想いは届いていないのか…と悲しく思う。このニュースを聞いて湯川スミさんも天国で悲しんで居られるに違いない。スミさんの言葉…「平和を実現する為には、私達一人一人が自覚して行動する事」を噛み締めた。

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2007/2/1  17:57

投稿者:ほたる

>何故 戦争を止められなかったのだろう。『核兵器及び全ての戦争の廃絶を訴える』こんな大事な言葉がはっきりとあるのに、、、

はい。唱え続けるしかないと思います。小さな声でも、少ない人数でも、唱え続ける事が大切ですね。
そして敗戦国として、遺族の方達、被害を負って居られる方達…生き証人の方達が居て下さるうちに、
日本という国がしなければならないこと…あると思います。
ネットやニュースでご存知とは思いますが、防衛大臣がイラク戦争を非難しました。
さて政治家達は、どんな対応をするのか…あまり期待は出来ないですが、
毅然とそして本音で対応して欲しいです。



☆takakoさんへ No2

2007/2/1  17:55

投稿者:ほたる

takaoさん、こんにちは。

>湯川秀樹博士の生誕100年。
平和宣言の中から、
『私たちは偉くない。すぐに忘れてしまう。だから繰り返し繰り返し
核戦争の怖さを 平和を唱えていなければなりません』

すぐ忘れてしまう…ごもっともです。痛みを感じていないとすぐ忘れるのですよね。
日本人の気質として、敵国を許すという優しさもあるのかもしれないですが、
被害に遭ったことを忘れてはならないですね。

>>スミさんの言葉…『平和を実現する為には、私達一人一人が自覚し
て行動する事』

心に刻みたいですね。

はい。誰もが自分や、自分の家族の事と考える事が出来る事…大切だと思います。

>京都地球環境宣言、イラク戦争もアメリカは先進国ですから世界の
リーダーがあるからと思っていましたね。

京都地球環境宣言は確か10年くらい前でした。
しかし、地球温暖化に歯止めはかけられていないですね。
アメリカは、仰るように各界で、世界を引っ張っていると思います。
だから誰も止められない…裸の王様になっているのかもしれないですね。

>当時、大統領の言葉に驚き
目を丸くして自分の耳を疑った人たちも、何にも言わずに黙ってしま
いました。

はい。悲しい現実ですね。
どんなに正当化しても、目には目、歯には歯を…を繰り返しているだけで、
アメリカ人の多くが信仰している神の教えからも、逸れている気がします。

>偉い人たちが黙ってしまうと平民はそれなりの理由がある
のだと感じます。ほんの一握りの人たちが戦争反対を叫びました。
(でも きっと何らかの形でコントロールされた)

確かに戦争とかして物を壊せば、産業は活性化するかもしれないですが、
人の命は帰って来ないですし、戦地になった国の人々の苦しみは続くのですよね。
憎しみの連鎖からは、憎しみしか生まれないはず…。


>何処かで屈折していった事は確かなのに、正しくはない事は確かなの
に、一人一人の声が小さ過ぎたのかなぁ。

そうだったのかもしれないです。それ仕返しだ…の勢いに巻かれてしまったのかも?



☆takakoさんへ No1

2007/2/1  17:08

投稿者:ほたる

>日本に居るとき祖母が怒って「そんなに核実験をやりたかったら、大統領のお尻の下でやればいいのに」って。

まぁ、お祖母様、、、流石です。この際、大統領にお手紙を書いて欲しいですよ。

>ん〜、ブーブークッションじゃないんだから…

ふふ。ごもっともだけど、大統領やその関係者の居る近くで、核実験が出来るか?ですよね。
それにしても、ブーブークッションって懐かしいです。悪戯に使われていましたよね。

>話は変わるけど、前から気になってたのはアニメの「アトム」に出てくる「御茶ノ水博士」のモデルはアインシュタイン博士じゃないかなって言うこと。

そうなんです。そういう一説もあるようですよ。とにかくアトム=Atom(原子)、
ウランちゃん=Uranium(ウラン)とか、放射性元素の名前が付けられているので、
手塚さんは、アインシュタインを意識して博士を描いたと言えますね。
私は、映画「バックトゥーザフューチャー」のタイムマシンを造った「ドク」も似ているように思いました。
確か、お茶の水博士の孫か曾孫がタイムマシンを発明するってあったような。。

>イタリアでも「アトム」は“Astro Boy ”と言うタイトルで何回もTVで放送されてて、見るたびに、そう思ってたの。

へえーっ。人気があるのですね。今の日本の子供達には回転寿司の方が有名かも?
私は、好きなアニメでしたし、今だとまた見方も違うので。日本でも再放送して欲しいです。

>じゃあ、これから夕飯を作るからまたね。Ciao ciao♪

美味しく出来たでしょうか?私も昨日は、コンピューターで月計表を出しながら、
頂き物の大根を煮ました。意外に?美味しく出来ましたよ。ではまたね〜、
コメント欄でも、お待ちしていますね。。


☆スピンさんへ No2

2007/2/1  16:50

投稿者:ほたる

スピンさん、おはよう?かしら?いつも貴重な写真と記事…本当にありがとうございます。

>今年の「パグウォッシュ会議」の総会は10月にイタリアのバーリ:Bariで開かれます。50周年の記念大会なので要注目だそうです。

今年はイタリアで…開催ですか。。
せめて、50周年の大会までに、世界中の戦火が止んでいるといいですね。

>「パグウォッシュ会議」の今の事務総長がミラノ大学の「パオロ・コッタ-ラムジーノ」って言う教授だから、ちょっとだけ知っていました。

ほぉっ。スピンさんが、ミラノ大学の教授をご存知という事も凄いです。
時々、ブログを読んでいて下さる人から、スピンさんって何者?(凄いという意味ですよ)と尋ねられます。
幅広い知識があって芸術にも造詣が深く、魅力的ですよね。…なんて、誉めすぎ?かしら?
それによくずっこけて下さるので、楽しいし…上げたり下げたり…失礼致しました。
一応、誉めているのですよ〜。。

>イタリアには動いている原子力発電所も無いくらいだから核兵器はないけど、フランスはサハラ砂漠やポリネシアで最近まで核実験のやり放題だったでしょう。

そうでしたね。タヒチでの講義デモのニュースとか記憶に新しいです。
核保有国として、米国・ロシア・英国・フランス・中国・インド・パキスタン…。
それに怪しい国もありますね。軍事関係に素人の私には核兵器の必要性か、
解りかねますが、持てば実験して試したい事になるし、人の為にも、環境の為にも
核のない世界になって欲しいですね。


☆スピンさんへ No1

2007/2/1  13:10

投稿者:takako

湯川秀樹博士の生誕100年。
平和宣言の中から、
『私たちは偉くない。すぐに忘れてしまう。だから繰り返し繰り返し
核戦争の怖さを 平和を唱えていなければなりません』

>スミさんの言葉…『平和を実現する為には、私達一人一人が自覚し
て行動する事』

心に刻みたいですね。
京都地球環境宣言、イラク戦争もアメリカは先進国ですから世界の
リーダーがあるからと思っていましたね。当時、大統領の言葉に驚き
目を丸くして自分の耳を疑った人たちも、何にも言わずに黙ってしま
いました。偉い人たちが黙ってしまうと平民はそれなりの理由がある
のだと感じます。ほんの一握りの人たちが戦争反対を叫びました。
(でも きっと何らかの形でコントロールされた)
何処かで屈折していった事は確かなのに、正しくはない事は確かなの
に、一人一人の声が小さ過ぎたのかなぁ。何故 戦争を止められな
かったのだろう。『核兵器及び全ての戦争の廃絶を訴える』こんな大
事な言葉がはっきりとあるのに、、、

2007/2/1  2:20

投稿者:スピン

Ciao ほたるさん

今年の「パグウォッシュ会議」の総会は10月にイタリアのバーリ:Bariで開かれます。50周年の記念大会なので要注目だそうです。「パグウォッシュ会議」の今の事務総長がミラノ大学の「パオロ・コッタ-ラムジーノ」って言う教授だから、ちょっとだけ知っていました。

イタリアには動いている原子力発電所も無いくらいだから核兵器はないけど、フランスはサハラ砂漠やポリネシアで最近まで核実験のやり放題だったでしょう。日本に居るとき祖母が怒って「そんなに核実験をやりたかったら、大統領のお尻の下でやればいいのに」って。 ん〜、ブーブークッションじゃないんだから…

話は変わるけど、前から気になってたのはアニメの「アトム」に出てくる「御茶ノ水博士」のモデルはアインシュタイン博士じゃないかなって言うこと。イタリアでも「アトム」は“Astro Boy ”と言うタイトルで何回もTVで放送されてて、見るたびに、そう思ってたの。

じゃあ、これから夕飯を作るからまたね。Ciao ciao♪


2007/1/31  11:27

投稿者:ほたる

メリンダ社長様 こんにちは。いつも読んで頂いてありがとうございます。

>1953年のソ連の水爆実験、54年の米国のビキニ
環礁での水爆実験。第5福竜丸の被爆の時は日本で
2000万人以上の抗議署名が集まったのだそうですが、

そうでしたか。。被爆国として絶対に許せなかったのですね。

>その後にアルバート・アインシュタイン博士や
ノーベル賞受賞の科学、哲学者達が宣言文を出した事
うっすらと思い出しました。

よく思い出して下さいました。遺族の方々、そしてまだ被爆の後遺症に苦しむ人が
いる日本ならではこそ、忘れてはいけないですよね。

>あの当時のように日本は今、核保有や、核実験に対して
より切実感を持つべきでしょうね。

はい。まだ喉元を過ぎる時限ではありませんよね。…というより保有国がある限り、
全ての国が切実感を持つべきですよね。
何でもアメリカのイラクへの兵増派を受けて、イラク戦争開戦そのものに苦言を呈した
久間章生防衛相が、アメリカから攻撃を受けているようですが、日本政府は守れるのでしょうか?

>あの時の記憶を子供心に憶えているのですから、国際
世論や、国内世論はきっと大変だったのでしょうね。

ビキニ環礁…お恥ずかしい事に私は歴史で習ったという記憶だけで、
詳しい内容は忘れていました。環礁付近の島に住んでいた人々は永遠に帰れなくなったのですよね。
当時の日本は高度成長の中でしたが、戦争の痛みを忘れていなかったからこそ、
成長したのだと思います。先人のご苦労を忘れてはいけないですね。

>今はみんな平和ボケしていますね。
いい警鐘です。

ありがとうございます。災害もそうですが、自分だけは大丈夫という妙な安心感があります。
平和ゆえですよね。だけど、誰かが提示し語りついで行かなければと思います。
ささやかで、拙い文章ですが、アインシュタイン生誕100年のニュースを観て、書かせて頂きました。

☆メリンダ社長様へ

2007/1/30  20:30

投稿者:melinda

1953年のソ連の水爆実験、54年の米国のビキニ
環礁での水爆実験。第5福竜丸の被爆の時は日本で
2000万人以上の抗議署名が集まったのだそうですが、その後にアルバート・アインシュタイン博士や
ノーベル賞受賞の科学、哲学者達が宣言文を出した事
うっすらと思い出しました。
あの当時のように日本は今、核保有や、核実験に対して
より切実感を持つべきでしょうね。
あの時の記憶を子供心に憶えているのですから、国際
世論や、国内世論はきっと大変だったのでしょうね。
今はみんな平和ボケしていますね。
いい警鐘です。


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