生音とそうでない音

2006/9/30  22:19 | 投稿者: musicaikko

先日「最近クラシックの演奏会に足を運ぶ方がちょっとだけ増えたような気がする」と書きました。以前から思ってたんですが、もしそれまでクラシックに興味がなかった人が人生の途中でクラシックを聴きたいと思うようになることがあるなら、それは生音を新鮮だと感じ、生音のよさがわかって生音で癒されたいと望んだ時ではないかと。事実私の周りの何人かはそうなんではと思われます。
実は私はこの歳になるまで何十年も生音でやってきたため、時々生音に飽きることがあります。というか私は歌を歌いますしピアノも弾くので「ピアノ&歌の演奏形態」に新鮮味を感じづらくなっているのかも知れません。そして主人は吹奏楽団体の指揮をしますし、長女はつい一ヶ月前まで高校の吹奏楽部員でしたので、管楽器もとても身近です。ですから演奏形態の中で今でもかなり新鮮な魅力を感じるのが弦楽器の室内楽やオーケストラなんですが、質の高いそれらを生で聴く機会は地方都市ではなかなかありませんよね?ましてや共演の機会なんて!ということで、最近はデジタルピアノでデータを作って歌の伴奏にしたりしてるんですが(擬似的ですがいろいろな音とのアンサンブルが可能なので)、これに対してはいろいろな声を聞きます。
「曲によってはデータを使った方がいいです」という声もありますし、「とにかく生の方がいいです」という声もあります。データはともするとカラオケっぽくなる危険を孕んでいますし、よほどよい機材で素晴らしい才能の持ち主が作らない限り「癒される」ところまではいかないでしょうね。またほとんどがピアノとの共演となる声楽の演奏では、最初からピアノとのアンサンブルのために書かれた歌曲ではないもの=オペラ・オラトリオのアリアや重唱などを歌う場合ピアノという楽器の持つ限界(例えば単音ではクレッシェンドができないとか、それに関連して歌や弦楽器のようには旋律を歌わせることができないとか、当たり前ですがピアノ1台ではピアノの音色しかしないとか)を感じることがあります(そう感じるのは私だけでしょうか?)。
と書きつつも、ではもうピアノの伴奏で歌いたくないのかというと、まったくそうではなく、素晴らしいピアニストとの共演はやはりこの上ない喜びを感じます。大好きな人達に登場したDご夫妻やS先生、合田さんらは素晴らしい演奏者なので、1足す1は3にも4にもなる幸せを感じますね。
さて私は今後どんな演奏をしていったらよいのでしょうか?
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