2012/4/27

平清盛の視聴率について考える。  今日のテレビ

 大河ドラマ「平清盛」が不振らしい。まあ、大型テレビがこれだけ普及するとみんなBSで見てるんじゃないの?という気もするけど、そういうわけでもないらしい。「王家」問題とか画面が汚いとか色々いわれているけど、もっと根本的な理由もありそう。



 ちなみに「王家」という呼称については、なかなかやるなあというのが素直な印象。当時の日本はべつに色々な王家の上に天皇がいたわけではないので、国内向けには「日本国王」で全然かまわない。しかし対中国となると少し話が異なり、周りの「王家」と冊封体制を結んでいた中国に対し「日本国王」では対等な関係ではないのだ。もちろん当時の国力は比べ物にならなかったにせよ、外交は形の問題でもある。もし「王家の犬」という言葉が国内勢力である源氏から出ている場合はあまり不敬のにおいがしないが、貿易を通じて中国にも目を向けていた平氏からこの言葉が出るととたんに危険な言葉になる。そういう意味ではだれが「王家」と呼びだれが「朝廷」と読んでいるかを注目するのも面白い。例えば頼朝と義経では朝廷への意識は全く異なるだろうから、呼び方もあえて変えるかもしれない。ただ、最近は問題になったせいかあんまりいわないけど。

 視聴率について少し真面目に考えると、大河ドラマというのは「再読の楽しみ」なのだと思う。安土城で栄華を誇る信長には死の影を見るし、光秀の視線にも意味を見出せる。しかし、清盛の時代は残念ながら源平物語のあまり覚えていない前編という印象が否めない。
 この間の雅仁親王(後の後白河天皇)と清盛のすごろく遊びのシーンは、今後の歴史を知っている人にとっては非常にスリリングなシーンだっただろう。特に清盛の息子にむかって「この子が欲しい」という場面は、後にその息子重盛が後白河帝の側に立って清盛とあつれきを増すという史実を上手く生かしている名シーンだと思う。しかし、この話を他人にしても「へーそうなんだ」という薄い反応ばかり。

 今の所この大河は、かなり歴史好きでなければ良さがわからない。本当はドラマとしてはそれは明らかな欠点で、分からない人も引き込まれる何かが無ければダメだと思う。しかし、歴史好きな私の個人的視聴率は相変わらず高いので、きっと最終回で深キョンが壇ノ浦に散るところまで見てしまうのだろうとは思う。
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