2019/10/22

「蜜蜂と遠雷」2019日  今日の映画

 あんまり見に行くタイプの映画ではなかったんだけど、今回はラジオでの評価が高く周りの評価も上々だったために、急きょ見に行くことに。最近は人におすすめされたのを消化するだけで精いっぱいでなかなか自分で作品を見つけることができない。というより、駄作を見る時間が作れないんだよね。ホントはドルフ・ラングレンの新作とかも見ればいいんだろうけど。

 若手ピアニストの登竜門として注目される芳ヶ江国際ピアノコンクール。
 かつて天才少女と言われその将来を嘱望されるも、母親の死をきっかけに表舞台から消えていた亜夜は、再起をかけコンクールに挑む。
 そして年齢制限ギリギリで最後のコンクールに挑むサラリーマン奏者、高島明石。小さいころに、亜夜と共にピアノを学び、今はエリートとして目いもで学ぶマサル。
そして、今は亡き“ピアノの神様”の推薦状を持ち、突如として現れた謎の少年、風間塵。
 コンクールの中で4人の音楽はお互いに影響を与え、亜夜は再び音楽の喜びを思い出してゆく。はたして、コンクールのゆくえは。そして、本当に音楽に愛されているのは誰なのか…。




 今回は見られる時間の関係上「日本語字幕付き」での鑑賞となった。これは聴覚障害者向けにセリフだけでなく音の状況も説明文が付くという物である。この音楽映画を聴覚障碍者がどう受け止めるのかという事にも興味があるが、自分にとっては少し煩わしい、しかし面白い体験になった。

 音楽映画は音楽がダメならダメだけど、この映画はここは良かった。人の心を打つ演奏や不安に陥れる音、シンプルだが美しい即興曲などが実際に自分に迫ってくる。実はこれは当たり前で実際にこういう音が出せる演奏家をキャストに当てはめ、キャストはそれを元に演技をしてるんだよね。生音でない不利は俳優の熱演によって補われ、本当に音楽で胸が打たれる映画となった。

 この映画では途中でオーケストラとの演奏に苦しむというシーンがある。マサルはピッコロとの息が合わないために不安を抱えるわけだけど、演奏家にしかわからないレベルのミスという設定なので、当然のことながら我々にはわからず、指揮者や演奏者のリアクションで知ることになる。ところが今回は字幕版なので「ピッコロとの演奏にずれが生じ不協和音が出る」というようにいきなり正解が表示されるんだよね。その為、わずかな不協和音を聞き取ることができた。見たままを素直に受け取るという面ではマイナスだけど、その分普段感じ取れないものを感じられたような気がする。

 この映画の素晴らしい所は、変な人間関係やマイナスの感情に振り回されるシーンが少なく、ひたすら音楽について語っている所だと思う。多分十分に耳が良ければ音の変化だけで登場人物の特性や変化をとらえることもできるかもしれない。しかし、たとえ音が無かったとしても映像だけでも伝わってくる。なぜなら、クライマックスの亜夜の演奏には一切字幕が出ないんだよね。
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タグ: 映画



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