2020/5/17

「ヒトラーを殺し、その後ビックフットを殺した男」2018米  今日の映画

 「なんか、心底アホな映画を見たいな」という日が続く昨今。本当は映画館で見る予定だったこの映画もDVDで出たこともあり早速レンタル。ビール片手にげふげふ笑いながら見る予定だった。ちなみにこの映画、アホみたいな邦題がついているけど、原題を直訳しただけである。

 しかし、実際に見ると哀感に溢れる地味な秀作だった。「ウルヴァリンサムライ」を見に行ったら「ローガン」だったような。

 アメリカのうらぶれた田舎町で一匹の犬とともに生活する男カルヴィン。彼はかつて最愛の女性に別れを告げ、ヒトラー暗殺の秘密任務を遂行した影の英雄だった。しかし今は過去の回想に生きる老人となっていた。
 ある日、政府の人間が彼の元を訪れる。再び彼に与えられた任務は、疫病の発生源であり、その存在自体が人類の脅威となる生物「ビックフット」の処理だった。



 こうやってあらすじを書くとアホみたいだが、主演はサム・エリオットという事で画面には明らかにB級映画には無い風格がある。そして彼の回想であるヒトラー暗殺は荒唐無稽な冒険ではなく、必要な軍事作戦として語られる。そして、彼がヒトラーを暗殺したところでナチスは影武者の元で何も変わらず、結局暗殺が戦争には影響を与えなかったいう顛末も語られる。そう、少なくとも彼の人生は彼にとっては無駄な浪費だったのである。

 その彼に新たな脅威ビッグフットが現れるのだけれど、ここまで映画を見ているとビッグフットは伝説の怪物というよりは、カルヴィン自身と同じく過ぎ去った過去の亡霊のように見えてしまう。そして、カルヴィンがビッグフットを殺す時に感じるのは勝利の喜びではなく近しいものを殺した哀感なのである。

 こうしてみると、ヒトラーもビッグフットも何かのメタファーのように思えてならない。ナチスにとってヒトラーですら交換可能な部品だったし、ビッグフットを殺しても人間に脅威となる疫病は無くならない。そしてカルヴィンは戦いの中においてすらそのことを知っている。それが他の凡百のアクション映画とは一線を画すのだろう。

 この映画、明らかに低予算なうえにビッグフットは失笑を覚えるような造形である。しかし、この映画においてはこれで良いし、制作者も意図した上での造形だと思う。ビッグフットは作り物の伝説だしヒトラー暗殺はなかった。それでもこのカルヴィンの物語の価値は何一つ変わらない。
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タグ: 映画



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