2020/7/1

「ランボー ラストブラッド」2020米  今日の映画

 ランボーの続編が舞台をメキシコに移して作られると聞いて正直げんなりしたのを覚えている。最後の戦場で理想の終わりを迎えたと思ったし、犯罪組織と戦うランボーというのもなんだかなあーと思ったのだ。
 しかし、予告を見て「ああ、ランボーは最後に家族のために戦うのか」と知り、それなら終わりとしてふさわしいなと考え直した。そして、劇場で見ることにしたのだった。

 しかし、スタローンが語り残したランボーは、家族のことではなかった。

 ランボーはミャンマーでの戦いの後故郷に戻り、古い友人のマリア、その孫娘のガブリエラとともに牧場での生活を営んでいた。しかし、ガブリエラは父親に会いに行ったメキシコで人身売買組織に捕まってしまう。ランボーは単身犯罪組織に乗り込むのだが…。



 第一作のランボーでトラウトマンに殺されなかったランボーは、ずっと「自分の力を正しい事に使いたい」という願望で生きていたと思う。しかし、ベトナムにおいてはアメリカは侵略者だったし、アフガンでの戦いはタリバンを生み出した。今回のオープニングでもランボーはレンジャーとして人を助けるが、その眼は助けられなかった人に向いているのである。

 そして、牧場でのランボーは優秀な牧場主である一方、地下にトンネルを張り巡らしそこで眠る生活を送っている。最悪の記憶であるはずのベトナムを模した場所でやすらぎを得ているのである。自分の本性に蓋をして。
 序盤でこの地下室をガブリエラの友人たちに開放するシーンがある。多分この時、彼は戦場から解放されようとしていたのだろう。もしこの後の事が無ければ、幸せな終わりだったかもしれない。ちょうど4のラストと同じように。

 しかし、ランボーは再び戦う事になる。最初は家族の為、そして最終的には自分の為に。思えばランボーは常に人の為、国家のために戦ってきた。しかし、最後の戦闘だけは彼は自分のために戦う事になる。その時に、彼がふさいできたふたをあけ放つことになるのである。
 この最後の戦いは、アサルトライフルで武装した敵をブービートラップとトンネルで迎え撃つことになる。その戦いは凄惨で、娯楽作品というよりはホラーにも見えてくる。かつてランボーはこのようなトンネルで戦い、友人たちを失っているはずなのだ。その悪夢を再びよみがえらせ、いとも簡単に敵を切り刻んでしまう。

 この映画では特に犯罪組織の弟のシークエンスなど不自然な省略が見られるのだが、わたしはR18を避けるためにカットせざるを得なかったのではないかと思っている。一番凄惨なシーンは上映できなかったのではないかと。実はランボーが隠してきた本性、ヒーローショーとして描かれたベトナムやアフガンの実際の姿を見せつける事、これこそがスタローンがやり残したことではないか。そんな気がするのだ。

 そう考えると、ラストカットのランボーは救いではなく無限の戦いに身を投じていくようにも見える。ロッキーの人生に素晴らしいピリオドを与えたスタローンがなぜランボーにこれほど厳しいラストを与えたのか。それともまだ血が流れ、かつて奪われた死をランボーが取り返すのか。そんなことを考えてしまうのだ。
0
タグ: 映画



コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ