心の脱衣室

言葉数にこだわらない和句のリズムで心根を詠っています。

 

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投稿者:ゆりあ♪
この時の概念、最初読んだ時ちょいと難解でしたな〜。理解と体験て随分ちがうものなんだろうなあ。今しか認識できない私からしたら、想像の世界でしかない・・いや、想像できないな・・^^;
体感したなんて、やっぱアベルさんただものちゃいますな〜。^^
投稿者:ダリウス
ゆりあちゃ
 人は過去から未来に向けて、直線上を前進するかの様な時間の概念を持っているが、私が17歳の時に体験した時間の流れは、「今」と言う刹那は動じず、既に有る未来が今の一点に流れ込んで来るものでしたよ。
 つまり、未来は無形では無くてすでに存在していて、観測点を変えれば過去も未来も見渡せる分けですね。運命論者とまでは言わないが、今しか理解出来ない我々を、ストロボ写真の連続体の時間エネルギ−が通過しているので、未来の事象は決められていると言っていいでしょうねぇ。
 1時間前の私も「今」を生きているし、3分後の私も同じく「今」を体感しております。この「今」から解き放たれるテクニックがイマイチ習得に至ってないのよ。魂の自覚を促すために見せられた事象だったもので、何とも歯がゆいところです。
 
投稿者:ゆりあ♪
未来の時間軸というのが出たので、また読んだ本を引き合いにだすけれど、「そもそも、時間というものはない。すべては同時に存在する、すべての出来事は同時に起こる。」「動いているのは、あなたであって時間ではない。時間は動かない。ひとつの時があるだけだ。」つまり今、このレスを書いている私はもうすでに書き終わって眠りについている、私だということ。ここにレスを書くのはすでに書いていたものを眺めているようなものなのだろう。「時間というものを直線的に考えれば過去、現在、未来となるが、時がないとすればすべては重なる、同時にものごとは起きている。
あなたは全ての場に、すべての時に存在している。」ちょいと、ムツカシイ概念でありますが、思い浮かべてしまいました。(^.^)
投稿者:ダリウス
ゆりあちゃ
この世は物質界に在って、肉体はその方式に則る次第ですねぇ。心は、脳の信号だと言う方もおられるが、そこのとこは置いておいたとしても、人は物質では無い次元に自己を意識しているのんだわ。このエネルギ−とはいかに??なんやろうかねぇ。
 先輩弟子にミロクと呼ばれた比丘尼がおったらしいが、彼女はバ−バリ−と呼ばれたバラモンの長老に仕えていたそ-な。師の講話の折には太鼓を叩いて人集めをしていた係りで、ブッダの噂を聞き、師は、そのブッダが本物かど-か見て来て欲しい。まやかし者なら戻って来る様に!!もしも、本物の悟られた方なら、この方に付いて学び、ここに戻らぬを吉報としよう。所詮、私は老いた身ゆえ、その長旅は叶うまい…との別れをしたそうな。
 ミロクは未来予知の達人で、未来菩薩などとも言われていたみたいだが、この世に偶然は無い!!すべてが必然であるからこそ、未来の時間軸を決められた概念として行き来出来たんだろうねぇ。
 
投稿者:ゆりあ♪
前世の記憶を持っている人って、結構いるみたいだけれど、前生が異国の王様だったなんてビツクリこきましたわ^.^
その人が晩年のお釈迦様のお世話係だったなんて...。私自身はまったく、そういった記憶もないし声なんてのも聞いたこともないから半信半疑ってのが本音なんだけれど、世の中広いからそういう人もいるのだろうなぁくらいの認識でしたわ。 ただ、今回読んだ本の中で「魂」の転変についての記述があって、「人間が肉体的な死を迎えた後、魂は体から離れてゆき、大いなる創造主と一体になる、回帰するのだ。そこで魂は成長のために再び、次なる経験の場を自ら選ぶ。物質世界の経験を望むものは、再び地球へ産まれていったり、他のものは他の星へ生まれていったりする。物質世界を望まない物は、また別の次元の世界を選んだりもする。」
だから、ダリウスは自ら望んで今のダリウスの人生を歩んでいると考えられるよね?
自覚があるなしにかかわらず、ダリウスの「魂」が、なにかを経験しようとしたんじゃない?

「偶然というのはない、すべて必然なのだ」といわれるように、人生に於いての出会いや、出来事というのは、やはり縁のものなんだろうね。
さしずめ、私とダリウスの縁は「お釈迦様」がキーワードなんだろうと、思ってしまいました。
(^_-)
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