キーパーグローブ

2019/12/3 | 投稿者: sendaikoffeeco

"キーパーグローブがもうボロボロだから買ってほしい"

息子から連絡があった。
高校2年の初冬。

彼は子どものころからゴールキーパーで、
ゴールキーパーとしてプロになることを志向していた。
そのへんは、当時けっこう本気で考えていたようだったし、

東北地区や東京国際ユースの選抜などを立て続けていた中学までの実績からすると、それもあながち無理な目標設定ではないのかもしれないな、
本人のみならず、こちらのほうもそんな気持ちで彼のサッカー生活を見守っていた。

だけど背が止まったあたりから、変わりはじめた。やつは苦しいタタカイを強いられはじめた。
なぜなら、現代サッカーにおけるゴールキーパーの素養、アドバンテージのひとつが、サイズ、つまりカラダの大きさだからだ。

背ばかり高いだけの選手にどんどん追い越されはじめる。
やつなりに感じるところはたくさんあったのだとおもう。
挫折しかかったタイミングで、いまの高校から声をかけてもらえたことが、いろいろなところで、あのとき最大の救いだったような気がする。

入学した高校は、関東圏の部員数も全国有数を誇るサッカー強豪校だ。
そこで彼はチーム内でのライバルらとの厳しい競合のなかで、
さまざまに、直視せざる得ない現実や可能性を知りつつあったのだとおもう。
そして最近では、それらを許容しようとしていることを、ふとした折に感じる。

サッカーがジンセーのほぼ大部分を占めてきたやつにとっては、なかなか酷なことだったのかもしれない。

だけど限界を感じたところからが、
じつは本当のスタートだ、とおれはおもっている。

親のエゴを押し付けるでなく
やつがそうしたいと望むなら、
おれが生きた歴史から、伝えられる助言があるならば、
すべてを与えたい。

同じ運動部での過去から、そうしたいろいろなことを教えてやりたかった。
そのあたりから、おれの父親としての葛藤が極まっていった気がする。

ハードな日々から学んだことは少なくない。

むしろ現在においても、底流はまるでかわらないような事柄たちだ。
だけど、そんなメッセージも、
これまでもそうであったように、もどかしくも
本人に"主体的な気づき" がなければ
無に等しい。

ああ、もうおれが表面的に伝えられることは、尽くしてしまって、
あとはやつの内がわから昇華されていくその教訓、
もしくはおれ以外のだれかに示され、
成就されていく"そのときの訪れ" を待つだけなのかもしれないな、
そうもおもう。

写真で送られてきた
ボロ雑巾のようなキーパーグローブ。
修練のアカシだ。

ここまで
どれだけのグローブを使い切ってしまったのだろう。

大学で続くにせよ、なんにせよ
彼が育成世代に本気でサッカーに取り組む、そしてそれを父兄としてバックアップできる残り時間も、もうあとすこし。

買い替えてやるグローブ。
おれのおもいを送る機会と数も
あとすこしなのかもしれないな。

そんなことをおもってしまった。

クリックすると元のサイズで表示します
0



コメントを書く

名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL





AutoPage最新お知らせ