市ヶ谷物語

2020/5/8 | 投稿者: sendaikoffeeco

東京市ヶ谷に位置する大学で、学生時代を過ごしていた。

外堀沿い散策道の桜並木がとてもきれいで、都心のおだやかな春の候ともあいまって、あの時期特有の風景は、いまだ脳裏に焼きついている。

現在、ぼくにとって懐かしいエリアを通勤路としているOBのユカが、中央線の車窓から、本人曰く、気に入っているのだ、というポイントの写真を送ってくれた。

線路わきの斜面へ咲き乱れた野生の草花ら。

ユカは前から、物書きになりたいという夢を抱いていた。
就職したてのころには、実務の傍ら作品をまずひとつ、というココロザシを記した宣言を、店のレジ脇にペタっと貼り付けていたりもした。

それでもまあ、実際勤め人となれば、なかなかに忙しいわけで、ドトウのままならないときのカタマリに押し流されていたようだ。


今般のさわぎで、
あいつはときおり心配して、連絡をよこしてくれていた。そこで、まあたいへんだよね、などとお互いの近況を、報告しあっていた。

自粛うんぬんの期間、時間に余裕がうまれたところで、ユカはどうやら物語をひとつ、ふたつと書きはじめていたようだった。

おお読ませろ、とせがむと処女作の短編と散文詩を送ってくれた。

目を通すにつれ、オドロキとともに、鼓動が高鳴った。おおこれわホントウにあいつが書いたものなのか、、


畏敬と嫉妬。
才能の違いを目の当たりにさせられてしまった。

もともと彼女が、情緒と知性に優れていたのはわかっていたけれど、それは、語彙や表現力であるとか、そういうところ以前の、
なにかを生み落とせるひとの持つ、洞察や発想の豊かさ、想像力の伸びやかさが、かくしきれないほど溢れでていたせいだ。


写メでみせてくれた
外堀の見上げる桜景色のあしもとで、ユカだけが気づいた光景。

たぶんそれを、あのどんぐりマナコでじっとみつめては、くるくるくるっと、あんな物語へとイメージをたぐり寄せていったのだろう。

あいつらしいといえば、あいつらしい。

今度母校へ訪れることができた折には
あの登場人物らが、はしゃいでいた場所を
さがしてみよう。

そんなことをおもった。



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